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秋のはじまりを閉じ込めて 〈菓子四季録 vol.5〉

菓子四季録では、グラフィックデザイナー  澤田清佳さんと一緒にお菓子のレシピをご紹介しています。ひとつのお菓子の魅力を、ふたりそれぞれの視点から綴る菓子四季録のマガジンページはこちら。今回紹介するお菓子は、少し大人な甘さを味わう「無花果いちじくと白ワインのゼリー」。


ゼリーに季節を閉じ込める

今月の季節素材は無花果いちじくです。スーパーに無花果がたくさん並ぶと秋が来たなと思います。無花果ほど、秋のはじまりにふさわしいフルーツはないような気がするのです。
外皮は赤紫に少しグリーンが入り、中身はくすんだピンク。夏にはないアンニュイな色合い。中がピンクというのもなんとも愛らしいのです。夏が終わって、秋が深まっていく感じが見た目からも感じられます。

この絶妙なニュアンスカラー

そのまま食べるのも好きですが、白ワインでコンポートに仕立てるのも同じくらい好きです。実を煮るシロップはきれいな薄いピンクに染まります。白ワインと無花果の風味は本当によく合います。無花果はしっかりとした甘味がありまろやか。酸味や苦味ほとんどなく、味わいとしては強い尖った主張をしません。でも個性は強い。香りも食感も独特です。白ワインと少しのレモン果汁とはちみつ、この3つが揃うと個性はそのままに、さらにのびのびとその良さを発揮させることができます。

大人ピンクに染まるシロップ

今回はこのコンポートをシロップごとゼリーに仕立てました。果実はもちろんシロップにも無花果のおいしさと香りが存分に溶け込んでいます。シロップ(液体)からゼリー(固体)に変化させることで、おいしさと美しさをぎゅっと閉じ込めることができます。

ゼリーをスプーンですくったら、食べる前にまずは秋の光に透かしてください。ゼリーは優しい秋陽を通してキラキラ輝きます。透明で、でもピンクで、そんな儚い美しさを堪能してください。そこにあるやわらかなくすんだ色合いがもうすでに夏ではないことを告げています。

まるで「秋のはじまり」がそこに

口に入れると、ぷるるんとした食感が最初にきます。いちじくと白ワインの芳香が広がり、酸味の爽やかさが続いて、そしてすっと消えていきます。無花果の上品な味わいに白ワインが合わさることで深みが出ます。白ワインとレモン果汁の酸味を加えることで、少しあるえぐみが緩和され後味がさらに良くなります。

果実のおいしさも十分に味えます

果実はやわらかく、とろけるような口当たり。やわらかいけれど、火を入れすぎないようしているので、果実感はしっかり楽しめます。プチプチ感もきちんと残ります。ゼリーに入れる果実のサイズをランダムにすることで、いろんな味わいがあるのも楽しいのです。

1つ食べ始めると、あっという間に完食してしいます。おいしいし、深いのにくどくない。爽やかさがあって、夏の終わりを感じられます。まるでこれは夏の終わりと、秋のはじまりをそこに閉じ込めたようなゼリーです。

材料はとってもシンプル。作り方もシンプルです。ぜひ夏から秋へ移りゆく季節を、作って楽しんでみてください。


無花果 いちじくと白ワインのゼリー(レシピ)

【材料】(150mlのグラス約4個分)
〈コンポート〉
いちじく 1パック(5〜6個/約400g)
熟しすぎていないものの方がコンポートに適しています
◯ グラニュー糖 100g
◯ はちみつ 大さじ1(20g)
◯ 白ワイン 200ml
◯ レモン汁 20ml
〈ゼリー〉
アガー 6g
グラニュー糖 小さじ2(8g)

*アガー
アガーはゼラチンや寒天と同じ凝固剤の一種です。ゼリーなど液体を固めるときに使います。主な原材料は海藻(またはマメ科の植物)で、無味無臭で透明度が高いのが特徴です。やわらかく、なめらかでぷるっとした食感です。常温で固まるので持ち運ぶときにも便利です。少し入手しにくいのが難点。今回は富澤商店で販売している「ぷるるんアガー」を使用しています。

*使用する鍋について
工程2と工程5に使う鍋は、酸に強いステンレスまたはホーローの鍋が適しています。


【作り方】
〈コンポートを作る〉
1.小鍋に湯を沸かす。いちじくを1個ずつ湯に10〜20秒くぐらせ、引き上げて氷水にとる。軸のかたい部分を切り落とし、薄皮を剥く(細かい部分は竹串で表面をなでるようにすると剥きやすい。実を傷つけないように注意)。
*実がやわらかくなりすぎてしまうので、茹ですぎないようにしましょう。

沸騰した湯に1個ずつ入れます
1個につき10〜20秒茹でます
氷水にとります
これは「ボウルちょっと小さかった」の図
軸のかたい部分をを切りとします
切った部分から剥いていきます
するっと剥けました
(いちじくの個体差もあるので、剥けない時は下記の方法で)
竹串でなでるようにして、皮を剥いていきます
水でさっと洗ってキッチンペーパーの上で待機

2.鍋に水280ml(分量外)と ◯ の材料を入れて中火にかける。沸騰したら弱火にして1〜2分加熱し、アルコールを飛ばす。
*いちじくを入れたときに、いちじくがシロップに半分以上浸るようなサイズの鍋を選びます。
*最初にシロップだけで加熱するのはワインのアルコールを飛ばすためです。そのままでいい方は沸騰したらに進んでください。

シロップの材料を鍋に入れます
はちみつで少しコクをプラス
軽く混ぜながら火にかけます
沸騰したら弱火で煮てアルコールを飛ばします
お酒感を残したい人はこの作業はスキップしてください

3.のいちじくを加えて中火にする。沸騰したら弱火にし、落とし蓋をして10分加熱し、火を止める。粗熱が取れたら耐熱容器に移し、冷蔵庫で一晩冷やす。
*落とし蓋はオーブンペーパー、キッチンペーパー、アルミホイルなど好みのものを使用してください。

静かに入れます
いちじくが半分以上シロップに浸かるサイズの鍋を選んでください
私はキッチンペーパー派です

〈ゼリーを作る〉
4.のいちじくとシロップを分け、いちじくを好みの大きさに切る(2〜8等分など)。シロップを500ml計量する。

シロップは冷ますとピンクになります
実とシロップに分けます
500mlに少し足りない場合は水を足してください
実を好みの大きさにカット
私はいつも1/2、1/4、1/8とランダムにカット
この方が食べたときに楽しいのです

5.鍋にアガーとグラニュー糖を入れてよく混ぜ、のシロップの約2/3量を混ぜながら少しずつ加える。中火にかけ、時々混ぜながら加熱し、沸騰したら火を弱めて残りのシロップを混ぜながら加える。
*アガーはダマになりやすいのでグラニュー糖と合わせてから、液体を少しずつ加えます。

ぷるるんアガーはこんな感じの商品です
アガーを入れます
砂糖を入れて先に混ぜておきます
シロップを加えながら混ぜます
完全に沸騰させます(アガーが溶けます)
残りのシロップ加えます
全体が混ざったら火を止めます

6.全体がよく混ざったら火を止め、のいちじくを加えて軽く混ぜる。グラスに注ぎ入れ、粗熱が取れたら冷蔵庫で1時間以上冷やし固める。
*アガーは常温で固まるので、いちじくを加えたら手早くグラスに入れましょう。

いちじくを手早く入れて
手早く混ぜる
手早く流し込みます
この時は100mlと150mlのグラス混合です

アガーはとっても優秀

今回、ゼリーを固めるのには「アガー」という凝固剤を使っています。ゼラチンが一般的だとは思いますが、今回のゼリーはぜひ「アガー」を使って作ってみてください。

アガー未経験の人もぜひ試してみて欲しいです

今回はこの富澤商店のぷるるんアガーを使って作りました。

製菓に使われる凝固剤は大きく3つ。ゼラチン、寒天、そして今回のアガーです。それぞれ特徴があり、私は用途によって使い分けています。

アガーの最大の特徴はぷるるんとした口当たり。市販のぷるるんとしたゼリーはアガーを使って作られているものが多いです。昔、ゼラチンを使ってゼリーを作っていたときに「どうして、私が作るゼリーは買ったゼリーみたいな食感にならないのだろう」と思っていました。私の頭の中のゼリーの食感はまさにアガーで作られたゼリーの食感だったのです。ゼラチンは量を減らしても「ぷるるん」ではないんですよね。「ふるふる」って感じなんです。アガーの食感はアガーでしか出せない気がします。

食べる前にいつもうっとり

透明感もすばらしく、透明度の高いゼリーを作りたいならば、その理由だけでアガーを選んでもいいくらい。

この透明感たるや

アガーはまた無味無臭。アガーを使い始めると、ゼラチンに香りがあることを意識するようになります。風味の優しいフルーツ系やジュースのゼリーにはそういう意味でもアガーがおすすめです。

常温でも固まるので使い勝手もいいのです。酸や酵素、アルコールに凝固が妨げられないのもポイント。

普及度が低めで、どこのスーパーでも絶対に手に入るわけではないのが少しネック。でも高価なものではないので、ぜひ大きめのスーパー、製菓材料店、ネットショップ等で入手してみてください。

使い方はメーカー各種によって少し違いますが、ダマになりやすいので、最初に砂糖とあわせておくとよいでしょう。

今回はぎりぎり固まるくらいの少なめの量を使用しています。この食感だからこそ、ゼリーもコンポートも両方を楽しめます。型から抜くにはやわらかすぎるので、グラス等で固めて召し上がってくださいね。

気づきは突然に

シンプルなレシピはその配合がかなり大事です。少しの違いが全体の印象を大きく変えます。今回のメニューはまさにそんな感じで、納得いくまで何度も試作を繰り返しました。

そうすると、結局は素材の持つ力に注目することになります。「無花果の良さは何?」「それを活かすにはどうしたらいい?」

無花果と向き合って、食べて、作って、考えて、今回のレシピが出来上がりました。そして、こうやって説明を言葉で書き表していてハッとしたのです。

無花果は見た目も味わいも、強い主張はありません。甘く、まろやかで上品。後味が良く、くすみピンクは可愛らしさはありつつも品が良いのです。芳醇で、大人っぽく、癒しもあって、深さもあって、でもくどくない。
全てにおいてやわらかいのです。けれど、個性はしっかりしていて強い。

「え?無花果ってけっこう私の理想のキャラクター像じゃない?」

まさか自分の理想が無花果だったなんて!でも改めて考えてみても納得。それに気づいてからこのレシピがさらに愛おしくなりました。

無花果と向き合って新たな気づきを得た、2023年の秋のはじまりです。

秋のテーブルと共に
おかあさんは無花果みたいになりたいの


【Photos : Sayaka Sawada】

同じレシピをグラフィックデザイナー  澤田清佳さんが絵で紹介しています。絵のかわいさもさることながら、手順の流れがとってもわかりやすいです。個人的にはイラストで全体を把握し、写真で詳細を確認していただくのがおすすめです。

今回の清佳さんの注目点は色。日本には自然や文化から生まれた伝統色があります。それぞれには固有の和名がついていて、綴られる文字も音の趣も美しいなと感じます。清佳さんが見つけたこのゼリー色の和名は? そして「拡張」という言葉と共に綴られるゼリーの味わいにも注目してみてください。彼女の文章を読みながら四季の一瞬の移ろいを捕まえていきたいと思いました。

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