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『ギターとピアノ』

教会に似つかわしくないバンドサウンドが鳴り響く。
赤い絨毯の先には大きなグランドピアノ。
その隣では彼がギターを構えて待っている。
私はウェディングドレスをたくし上げると、メロディーに乗るように駆け出した。

私の母はピアノが上手だった。
でも「1番」にはなれなかったらしい。
だから私に代わりの「1番」を求めた。
私はずっと母の「1番」であり続けた。
母の1番に縛られた私は、「私」ではなくなっていった。

『あんたのピアノ、音がしないな』

ある日、ギターを背負って現れた彼は私の演奏を聴いて、そう言った。
『あなたのメロディーには心がこもっていない』
先生からいつも指摘されていた言葉だった。
『放っておいて』 私は彼の言葉を無視しようとした。
だけど、彼は私の手を引くと、ライブ会場に連れて行った。

ステージの上でギターを奏でる彼に、私は涙した。
哀しい、優しい、愛おしい 私は初めての恋をした。

彼と付き合いだしたことはすぐに母にばれた。
母は私を部屋に閉じ込めた。
ベットにうずくまる私の耳に微かに彼のギターの音色が聴こえた。

私は部屋を飛び出した。
母は怒って泣いた。
『私はお母さんの1番じゃなくても、ピアノの1番じゃなくてもいい。 私は私のピアノを彼の側でひきたい。』
私を縛っていたものは、もうなかった。

結婚式に母は来なかった。
でもいつか、私の、私たちの一番の音色を聴いてほしいと思う。

END


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