ちょっと前に、興味をひく本が発売されました。
『魏武注孫子』とは、魏武帝である曹操が注をつけた『孫子』のことです。
『魏武注孫子』自体は既に他の形でも出版され、一般に読むことができたのですが、今回は文庫版で手に入るということで、より読みやすくなっています。
この講談社学術文庫版の特徴は、三国志研究の第一人者である渡邉先生が訳者をつとめたことと、渡邉先生が三国志における実戦事例をあげて説明することで、抽象的な『孫子』の議論を立体的に見せてくれることです。
曹操は自身の経験から解釈するため、一般的な『孫子』の読み方と異なる箇所がいくつかありますが、あの曹操が注釈したということで、三国志好きにはもちろんのこと、これから『孫子』を読むという方にもオススメできる一冊です。
例えば、始計篇では次のように語られます。
『孫子』は、戦争の基本的性格を「詭道」、すなわち騙しあいであるとします。
実際とは違う軍の形をみせて、相手に自軍の実態を探らせないようにしたり、自軍を弱く見せることで、相手を油断させたりするのです。
ところで、『孫子』は日本にも伝わり、戦国武将も読んだとされているようです。
日本では「風林火山」で有名な武田信玄や徳川家康が、そうした武将としてあがりますよね(風林火山の由来は『孫子』です)。
しかし、私は織田信長が大好きなので、今回は講談社学術文庫版『魏武注孫子』をまねて、信長の戦いを『孫子』の実戦事例として例示してみようと思います。
作戦篇 第二
孫子は、戦争をする際には長期戦を否定します。
兵は「拙速」であっても、巧みでも遅い「巧遅」は求めません。
長期戦が不利なのは、経済的な負担だけではありません。
自国が疲弊したのを見た他国が、攻め込んでくることも警戒すべきです。
信長の実戦事例:志賀の陣
謀攻篇 第三
『孫子』は兵法書でありながら、「百戦して百勝する」ことを最善とはしません。
なるべく戦わず、どのような規模であったとしても、敵を丸ごとを取ることが望ましいことが書かれています。
そのため戦闘になる前から謀をめぐらせて、敵の内応をはかったり、素早く動くことによって相手の戦闘準備が整う前に制してしまうことが肝要です。
具体的な戦闘を行わず、戦わないで勝つのを理想とすることは、戦争の基本的性格を「詭道」と捉えることと並んで、『孫子』の原則となっています。
信長の実戦事例:稲葉山城の戦い
謀攻篇 第三
孫子は、勝つための条件を五つ挙げます。
①敵・味方の実情を的確に把握すること
②大軍と寡兵それぞれの用法を知ること
③君臣が戦いの目的を共有すること
④戦うための準備を十分にすること
⑤将の君主からの独立性
戦いでは、敵と味方の実情を的確に知ることで、どう戦えばよいかを正確に判断し、対処することが重要なのです。
信長の実戦事例:長篠の戦い
虚実篇 第六
敵が守っていない所、すなわち虚を攻めれば、敵を破ることができます。
攻める所が複数ある場合には、敵が備えをして充実している所は避け、敵が思ってもいない所を狙います。
その際は、どこを攻撃しようとしているのかという自軍の情報が敵方に漏れないことも大切です。
信長の実戦事例:箕作城の戦い
九地篇 第十一
孫子は、敵が統率の取れた大軍の場合における戦い方を説明します。
その際大切なのは、地の利のような敵の頼りを奪うことと迅速さ。
敵の準備が整わないうちに、予測しない方法で警戒していないところを攻めるべきであると言っています。
信長の実戦事例:桶狭間の戦い
いかがでしたでしょうか。
信長が『孫子』を読んだかどうかは確認することができませんが、その戦い方を見てみると、このように対応するところを見つけることができると思います。
ただし、信長が『孫子』を意識していたというよりは、戦に強い信長の戦い方には、兵法書である『孫子』にも通じるところを見出せるというのが適切でしょう。
信長の戦い方には、敵よりも多くの兵を動員することや、迅速に動くことなど、ある程度の基本を見出すことができます。
特定の兵法書に依拠するというよりも、信長は独自の戦いの理論を組み上げていたのだろうと思います。
お読みいただき、ありがとうございました🌸
参考文献
5/6追記