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リーディング小説「生む女~茶々ってば~」第二十七話 私が引き寄せた運命

私が引き寄せた運命

千姫が城外に連れ出された後、城の中でいくつも火の手が上がった。
それは、のろしのように見えた。
城の中にも内通者がいたのだろう。
彼らは火を放ち、私と秀頼の逃げ場をなくしどんどん追い詰める。
城に残っていた者達は慌てふためき、右往左往していた。

私は立ちあがって叫んだ。

「城の外に逃げ出したいものは、すぐ逃げだしなさい!
命を粗末にしてはいけません。
我らに追随する必要は、ありません。
さぁ、早くお逃げなさい!」


でも、その言葉は建前だ。
嘘だ。

みんないなくなればいい。

私は秀頼と二人で、この世に別れを告げたかった。
そのための観客は少ない方が良い。
大蔵卿局と治長親子にも言った。

「さぁ、お前達ももうこの城から出なさい。
家康もあなた達の命までは取らないでしょう」

大蔵卿局は強く首を振った。

「いいえ、茶々様!
私は茶々様の母親代わりです。
どうして、あなたをここに残し自分だけが生き残れましょうか。
あなた様の気持ちや、思いは誰よりもこのわたしが一番存じております。」

私は心の中でほっ、とため息をつき思った。ああ、さすが大蔵卿局だ。
私が生まれた時から、ずっとそばにいてくれたことはある。そして彼女の鋭い眼力は、私がこの世で一番愛した男が、秀頼だということを見抜いていた。

治長も膝をついて言った。

「淀様、私もずっとおそばにおります。
私がおらねば、誰が淀様を送り出すのでしょう。
それに、約束しました。
私は最後まで、淀様と秀頼様のそばにいると」

治長もきっとそう言うと思っていた。

「そうか、二人ともありがとう。私達は幸せですね」
そう言って、秀頼を見た。
千姫を失った秀頼は、抜け殻のようにぼんやりと立ちすくんでいた。
私はそんな息子を見て、もう少しで彼を私だけのものにできる、と喜びが沸き上がった。

そして秀頼にも心の中でささやき、精いっぱいの愛を込め彼を瞳で抱きしめた。

大丈夫よ。
もうすぐ楽になるわ。
極楽浄土で、母上や父上が待っていて下さる。
そこに一緒に行きましょう。

そしてそこでしばらく過ごし、今度また生まれ変わるの。
今度こそ母と息子ではなく、男と女として平和な時代に。

それが私の夢であり願い。
あなたに抱かれたい。
今度こそ、心も身体も。

もう今世など、どうでもいい。今の私には来世の方が大事だ。そう思うだけで、わたしの心は喜びで満ち溢れた。

だが今ここに身体のある現実は赤い火の手に追われ、熱波で熱くなり黒い煙が私達を追い詰める。
私達の周りには、大蔵卿局とその息子の治長、治長の息子治徳もいた。
治長の一族は、親子三代私達に尽くしてくれた。
一人残された治長の妻は、どんな気持ちだろう・・・そう思った時、初めて彼の家族の気持ちを思った。

私は彼ら一族に頭を下げた。

「ありがとう。
礼を言います。
私と秀頼のために、そなた達まで道連れにしてしまうのは、本当に心苦しい。
だがそなた達がいなければ、私達は旅立てない。
心から感謝します」

そう言って、彼ら一族を見渡した。
治長と目が合った。
私はやさしく微笑んだ。
その彼を見て、幼い日のことを思い出した。

まだ乳兄妹として、治長と浅井の城の庭でおはじきを隠した宝さがし。
治長は自分が先に見つけたおはじきを、わざと私が見つけやすいよう、その場所に連れて行った。
そうやって治長は、いつも私をあたたかく見守ってくれた。
あのまま小谷城での平和な時間が続いたら、私は本当に治長のことを愛せたかもしれない。
けれど妹や自分を守るため秀吉に抱かれた時から、男を誰も信じられず愛せなくなった。
いや、愛、という感情を封印した。

私は死への覚悟を決めたように青白い顔をした秀頼を見た。秀吉にまったく似ていない秀頼の横顔。

秀吉など愛せるわけがない。
だが秀吉以外の男も愛せない。
愛したら、自分が苦しむだけだ。
愛したとて、結ばれるはずのない現実を知るだけだ。
自分が辛くなって苦しむのは、わかっていた。
だから自分の感情のすべてを封印した。

封印を解き放ってよかったのは、自分の子どもへの愛だけだ。
それだけはどれだけ大っぴらに表現しても、許される。
正々堂々と親と子の愛として、愛を表現できた。

だけど私の愛は、母と息子のラインを超えた。
秀吉が亡くなり私が後見人として母親を手放した時から、秀頼を一人の男性として、ようになった。

あの頃の秀頼は乾いた大地が水を吸収するように、どんどん知識を吸い取り賢くたくましくなっていった。
わずかに治長の面影を宿した横顔のラインが美しい秀頼。
細くて長い指の秀頼。
私の心を震わす声を持つ秀頼。

その一つひとつが、私の身体と心をときめかせた。
禁断の愛だとわかっている。
だけど、何が悪い?
私は何もしていない。
ずっと心に秘め、その思いに気づかぬよう、固く目を閉じていただけだ。
自分の最後がわかったからこそ、その戒めをほどいた。
この世に残された最後の時間に、自分に正直になっただけだ。

もし治長の嘆願が通り生かされていたら、私は一生自分の気持ちを封印し生きていくはずだった。だがそれはとても苦しかっただろう。

だから、これでよい。
これでよいのだ。

私は自分の人生を肯定するように、一人うなずいた。

すべて私の思い通り。
私が引き寄せた運命。


さぁ、残り時間はあとわずか。

私があなたに伝えられるのも、あとわずか。

最後に私があなたに伝えたいこと、それは・・・・・・


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したたかに生き愛を生むガイドブック

あなたが自分に正直になれるのは、いつですか?

この世に別れを告げるその時でしか、自分に正直になれませんか?

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自分に正直に生きたら、どうなると思うのでしょう?


あなたがこの世で残された時間は、どれだけあるかわかりません。

悔いがないよう、精いっぱい人生を生きましょう。


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