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「シャイニング・ワイルドフラワー~千だって~」第十二話 恋は落ちるもの

恋は落ちるもの

奈阿ちゃんを東慶寺に預けたことで私はホッとしたのか、熱が出て寝込んでしまった。
秀くんと、大阪城を失った私の心と身体のダメージは大きかった。
私は高熱の中で、燃える大阪城を何度も見た。
鳥かごの中で交わした秀くんとの最後のキス。一人鳥かごを出たわたしは、鳥かごの中に残っている秀くんに「逃げて!」と叫んだ。でも秀くんはフリーズしたように動かない。私はがんがん鳥かごを揺さぶり、鍵を探そうとした。ふと後ろを見ると、鳥かごの鍵を手にした淀ママが妖艶に笑っていた。
淀ママから鍵を奪おうと私は淀ママに飛び掛かったけど、淀ママの姿は消え、いつの間にか淀ママも鳥かごの中に入っていた。秀くんと淀ママ。淀ママの手には鍵が握られていた。ああ、もうダメ、万事休す・・・・・・

私は震えながら、悪夢にうなされた。
全身の毛穴から汗が噴き出したように、汗だらけになった。
そうやって身体から熱を放出しながら、心の痛みや切なさ、つらさも手放していった。

前に進むのに、過去を持ち続けていくわけにはいかない。
私なりに決着をつけるため、自分が自分に出させた熱と痛みだったみたい。それは、私の身体から十二年間住んだ大阪城に別れを告げる必要な時間だった。
鳥かごから出た鳥は、すぐには飛べない。
飛び方がわからないし、飛ぶのにどれだけ力がいるのかもわからない。

熱が下がるにつれ、私は少しずつ心も身体も軽くなっていくのに気づいたの。
そして熱を出してから十日後、私はようやく元気になった。目を覚ますと、やつれた刑部卿局が安心したように私の手を握って微笑んだ。それからもしばらく寝たり起きたりで、なかなか床から身体を上げる事ができなかった。

けれどある朝、目が覚めると目の前の景色がとてもクリアーになっていた。
まるで今まではうすい靄が一枚かかっていたようだった。あまりにクリアーだったから、あれっ?!と、指で目をごしごしとこすってみた。

「姫様、どうされましたか?」
刑部卿局が、心配そうに尋ねた。
「なんだか、目の前のもやが消えたみたいなの。目の前がハッキリクリアーに見えるの」
そう言うと、刑部卿局は涙をふいた。
「姫様は、新しく生まれ変わったのですね。
もう、豊臣の千姫様はおられません。
ここにおられるのは、徳川の千姫様です」
刑部卿局は私の手を取って泣いた。

ああ、そういうことだったのね、わたしは豊臣の千姫、という衣を脱ぎ捨てた。脱ぎ捨てるのに、すごくパワーを使って熱を出したのね、と合点した私は新しく生まれ変わった自分の手をしみじみ眺めた。
軽やかになった私の心も身体も、新しくセットアップされていた。
これから一人の千姫としてオリジナルソフトをインストールしなきゃ!
秀くん、淀ママ、私は前を向いて歩いて行くわ。そう誓い、私はガッツポーズをした。

それからしばらくし、体力の戻った私達一行は大阪を立ち江戸に向かった。
「前だけ見て、進む」
そう決め、大阪を離れた。
江戸に向かう途中、桑名で海を渡ることになった。
七里の渡し、という渡舟に乗ることになった。

海を渡るのは、大阪城に嫁ぐ時以来だった。
来た道を戻っていくけれど、来た時の七歳の私はもういない。
十九歳の江戸に戻る私は、新しい私だ。
海風が頬に気持ちよかった。
青い海が、どこまで広く広がっていた。
海の広さに縮こまっていた心も開いていった。
もっと海を見たくて、座っていた場所から少し立ち上がって、船のへりに寄った。
「ああ、いい気持ち!」
そう口に出した時
「本当ですね!」
という声が聞こえたの。
えっ?!と思い、振り返るとそこに若い男子がいた。
彼はニッコリ笑っていた。
と、その時船が大きく揺れた。

あっ・・・・・・
船の揺れに慣れていないわたしの身体はバランスを崩し倒れた、と思ったらあたたかい胸に抱き寄せられた。
「千姫様、大丈夫ですか?」
この声、どこかで聞いたことがあるような気がする。
それが、彼の第一印象だった。
目線を上に移すと、ニコニコしている素敵なイケメン男子がいた!
涼やかな目元
さわやかな顔つき
たくましい胸

胸がドキッ!と鳴る音が聞こえた。
わ、私少し前に夫を亡くした元妻だけど、思わず心がときめいた。
私の心と体は今の場所から、別の次元にさらわれた。

この胸のときめきと高鳴り、彼を見るだけで泣きたくなるほどうれしくなる気持ち。もしかして、これが「恋」?
わたしが憧れていた恋、とは、これ?!何度も自分に問いかけた。彼と目が合うと、思わず胸を押さえた。心臓がバクバクドキドキしているのがわかった。

秀くんがどこかつかみどころがなく、違う星からきた王子様なら、彼はしっかり地球で地に足をつけたリアリティーある王子様だった。

ここで一句
「桑名宿 七里の渡し ときめいて すとんと落ちる 吊り橋効果」
お粗末さま・・・

恋は落ちるもの。
私の心も体もすとーん、と恋に落ちたわ。

生まれた時からずっと秀くんは、私の中にインプットされていた。
けれど新しくセットアップされた私にインストールされた男子は、目の前の彼だ。
胸がずっとドキドキしっぱなしで、何も話せな~い!!
私が何も言えないので、彼は心配そうにわたしの顔をのぞきこむ。
「千姫様、何ともございませんか?」すぐ目の前に彼の顔がある。
ち、近ーい!!至近距離過ぎるでしょう!!
そこに船酔いでヘロヘロになった刑部卿局がやってきた。
「ひ、姫様・・・ご、ご無事ですか??う~~~」
青い顔をしている刑部卿局は、そのままそこに座り込んでしまった。
「大丈夫よ」
そう刑部卿局に答える姿を彼が見ていた。
「千姫様は、船に強いのですね」
そう言って彼がまた微笑んだ。
いやん!も~。白い歯を出して笑う彼の笑顔に、またもやときめいたわ。

「あ、申し遅れました。
私はこの桑名の藩主、本田忠正の長男で本田忠刻と申します。
以後どうぞ、お見知りおきを」
本田忠刻さんは私の身体をそっと立たせると、静かに腕を引いた。

「あっ、行かないで・・・」
そう心の中で思いながら、彼はもう結婚しているかしら?と思った。
してるわよね、あんなに素敵な彼だもの。
しかももう船は岸に着くし、これでお別れね。
あ~あ・・・ガッカリ。つかの間の恋だったわ・・・私が肩を落とし悲しんでいるのを、刑部卿局はじっと観察していた。

やがて江戸に着いた私は、しばらくして江戸城のおじいちゃまに挨拶に行った。おじいちゃまも豊臣との戦を終え少し落ち着き、私に大切なお話があるのだそう。
何かしら、と首をひねりながらおじいちゃまのいる部屋に行った。
おじいちゃまの顔色はすぐれなかった。
そして私の顔を見るなり、おじいちゃまは頭を下げた。
「千、すまない!!」
えっ?!なに、なに??私はあっけに取られた。

「実は、お前を大阪城から助け出す時、わたしは必死だった。
それで、お前の命を助けたものを、お前と結婚させる!とついうっかり言ってしまったんじゃ!!」

は、はぁ???初めて聞く話に目が点になった。

「そ、そんなこと勝手に・・・・・
でも、私を助けに来てくれたものなどおりませんよ。
私は自分で大阪城を出てきましたわ」

「そうなんじゃ、そうなんじゃが、お前を助けた!と言い張るものがいるんだ。
お前が大阪城を出た時、初めて出会った徳川の手のものじゃ」

私は顎に指を置き、記憶を洗い出した。
大阪城を出て初めて会った徳川の手のもの、て誰?と思った時、一枚の写真のようにある場面が浮かんだ。

どさくさに紛れ、わたしの手を握ろうとした図々しいおっさん?!
え~~~~!!



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