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「シャイニング・ワイルドフラワー~千だって~」第二十四話 神様は後からちゃんと、答えを用意している

神様は後からちゃんと、答えを用意している

当時、幕府から縁切りが認められた駆け込み寺は、天秀尼のいる東慶寺と私が豊臣とのご縁を切った満徳寺だけだった。
この時代の離婚制度というのは、きわめて女性に不利な仕組みなの。離縁したくてもできない妻が、夫から逃れこの縁切寺に駆け込む。
縁切寺は妻から離婚請求を聞き妻を保護したのち、寺は夫に、離縁の示談を薦める。
それでうまくいけば離縁が成立するけど、夫がごねたりうまく調停が進まない場合、妻はそのまま寺で二年待ち、三年目にようやく離縁が成立する。
当時のこの二つのお寺は、家庭裁判所の調停員のような役割をしていたわけ。

他にも縁切寺はいくつかあったけど、幕府公認の縁切寺は満徳寺と東慶寺だけ。どう考えても、少なくない?それだけ女性の地位が低くいかに女性が蔑視されてしたか、よくわかるわよね?
セレブだった私でさえ、豊臣の縁を切るために建前だけでも満徳寺に入らなければならなかった。
後ろ盾のない一般の女性ならなおさら離縁に対するハードルは高く、女性は離婚さえ自由にできなかった。
この制度は延々と続き、女性は自由に離婚できる明治の初めまで二百三十年以上待たなければならなかった。

私はこれまで自分が体験したことは、すべて意味があることだと思っている。必要だから、体験させられる。
その時は乗り越えるのに必死で余裕がないから、その意味なんて考えられない。
でも時間が経ち後でふり返えると、その体験の意味は紐解かれる。
神様は後からちゃんと答えを用意している。
その時に受け取ればいいの。

あの時、私自身が満徳寺での豊臣との縁切りを体験しなければ、女性の「離縁」にこれだけ強い関心を持たなかったかもしれない。
身をもって不合理な「離縁」を体験したからこそ、私は「離縁」に悩む女性達が幸せになるようにサポートしたいのかもしれない。

事件は天秀尼のいる東慶寺で起こった。私が四十二歳の時だ。
後に会津騒動と呼ばれるこの事件こそが、私を変えた。

会津藩主の加藤明成は、ワガママな君主で家臣にも城下の人々にも人気がなかった。彼には先代から仕えている家臣の堀主水がいた。
彼は老婆心からも、何度も主君である加藤に進言をしたけど、まったく聞き入れられなかった。
そうやって、彼らはどんどん不仲になっていった。
ある時、加藤の部下と堀主水の部下が喧嘩になった。
もちろん分は家臣の堀主水の方が悪い。
主君である加藤は堀主水の部下を処罰し、堀主水自身も蟄居という自宅謹慎を申し付けた。

ところがそれに反発した堀主水は主君の命令にそむき蟄居を破り、加藤の前に現れた。そしてもう一度、事件の見直しと処罰の取り消しを訴えたの。
家臣のこの行動に怒った加藤は、堀主水の家老職を罷免したの。
つまり、首ね。

怒った堀主水は、一族郎党を引き連れ真昼間に堂々と城から飛び出したの。
しかも飛び出した際に城に向かって発砲し関所を破る、という荒っぽい方法で逃げ去って行った。
堀主水ら一行は高野山にかくまってもらおうとしたが、高野山は彼らをかばいきれず、彼らは紀州へと逃げた。
が紀州も彼らをかくまわず、幕府は彼らを主君に反抗した罪で加藤に引き渡した。加藤は堀主水らを処刑にした。

どんな理由があるとはいえ、堀主水は処刑にされても仕方ないわ。
問題は、堀主水の妻だったの。
初め高野山に逃げた堀主水は、高野山が女人禁制だったので、自分の妻子を東慶寺に預けたの。
それを知った加藤は兵を東慶寺に送り込み、妻子を引き渡すように脅しをかけてきた。もちろん、彼女達は捕えられたら殺されてしまう。

男子禁制の幕府公認の縁切寺に対してのこのような暴挙に、天秀尼は屈しなかった。すぐに私のところに使いを寄こした。
私への手紙には、こう書かれていた。

「昔からこの寺は、どんな理由があれここに駆け込み助けを求めてきた女性を守ってきました。
このたび人の道に背いた非道な出来事は断じて赦せません。
加藤を追い払うか、この寺をどこかに他の場所へ移して下さい。今すぐに!
そのどちらかしか、私は望みません」

私はその手紙を読んで、彼女の強い決意と覚悟に思わず立ち上がった。寺を攻める男と達への怒りと過去の自分への屈辱を思い出し、体中の血が逆流するほどわなわなと震えた。この時の私を包むオーラは真っ赤だったはず。
怒りに震える胸の中で、長らく眠っていたワイルドフラワーが息を吹き返す音を聞いた。

守らなければ!東慶寺を、そしてそこに助けを求めて駆け込んできた堀主水の妻達を!
そばにいた者にいくつか指示をし、私は乱暴に襖を開き走り出した。
その背中を刑部卿局の声が追いかける。

「姫様!廊下を走らないで下さいませ。速足で行って下さいませ。
そして、姫様が思う最上のことをして下さい。それが正しいのです。
どうぞ、お急ぎ下さいませ」

彼女の言葉は、急ぐんだか、ゆっくりするんだか、よくわからない指令だった。とにかく速足モードの切り替えた私は、今の自分ができる最高最善のことをするのに力を尽くすことに決めた。

日頃の運動不足がたたったのか、はぁはぁと荒い息を吐きながら私は心の中で呼びかけた。

「待っててね!奈阿ちゃんもとい、天秀尼。そして、助けを求めてきた女人。私がきっと守るからね!」

ようやく目的の場所に着いた。この扉の向こうにはそたくさんの家臣達が控えている。
根回しはちゃんとしてあるし、面会の約束は取っている。


私は耳元に触れ、速足で乱れた髪の毛を押さえた。心を落ち着け、襟元を整えた。そして息を鎮め、大きく一つ深呼吸したあと背筋を伸ばし、自分の名を告げた。

「天樹院でございます」

すぅ、と静かに扉が開いた。 
中に座っている大ぜいの家臣達の目が一斉に私に注がれた。彼らの視線が痛かった。ぐっ、と背中を引きそうになったけど、目線を胸で受け止め払いのけた。そして心の中で呟いた。

大丈夫。ワイルドフラワーは私と共にある。私の中で花開いている。


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愛し愛され輝いて生きるガイドブック

今、あなたが体験していることの意味
わかりますか?

今、わからなくてもいいのです。

きっと後で神様が教えてくれます。

今は一生懸命、乗り越える事だけを考えましょう。

その先に進みましょう。

その先に進むと、答えがわかります。



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