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「ソウルメイト・ドラゴン~篤あっつつ~」第六話 やっぱり、私は強運だ

やっぱり、私は強運だ

その男は大きな身体をしていた。
がっしりとした体躯を見れば、薩摩男だとわかる。
男は部屋に上がらず、庭にひざまづき頭を下げていた。私のそばにいる幾島が彼を紹介した。
「薩摩から来た、西郷と申すものです。
斉彬様の江戸参勤に伴い、薩摩から一緒に参りました。
これ、西郷、篤姫様に顔を上げい」

西郷は薩摩男にありがちな、えばっている顔つきではなかった。
「篤姫様、初めてお目にかかります。西郷吉之助と申します。
こちらでは、御庭方役をいたしております」
目を細めて笑みを浮かべた顔を見た私は、故郷に置いてきた犬の太郎を思い出し胸がきゅん、とした。
小さい頃から一緒に走り回った太郎。
いつも私の言うことに、忠実に従った太郎。
お義父上の養女になって家を出る頃は、すっかり年老い毛並みもしょんぼりしていた。
最後に太郎の背中を撫で抱きしめると、吠えもせず寂しそうな目で私を見つめていた。太郎は今どうしているだろう?
私のことをまだ覚えているだろうか?
センチメンタルな気持ちで、私は切なくなり西郷に言葉をかけるのも忘れていた。黙ったままの私に西郷は失礼なことをしたのか、と思い彼は恐る恐る尋ねた。

「あ・・・篤姫様、わしは何かご無礼をしてしまったでしょうか?」

「そうではない、そなたのせいではない。ただ、少し薩摩のことを思い出しほんの少しホームシックになっただけじゃ。気にせずとも、大丈夫じゃ」

私は小さく手を振って言った。

「それでしたらよろしゅうございました。
これからわしは、御庭方役として毎日この庭を掃除しておりまする。
姫様さえよろしければ、お手すきの時にいつでもお声かけ下さい。
わしにできることがあれば、何でもいたしますので」
大きな身体を縮めるように、西郷は頭を下げた。

御庭方役、というのは、一見すると普通の庭の手入れをする植木職人のような仕事に見える。
だが、それは仮の姿だ。
庭方役は毎日、庭のそうじや手入れをする。
お義父上は大切な話しや人に言えないことを紙にしたため、庭に捨てる。
庭方役は毎日、庭をそうじしているので、そのような紙をすぐに見つける。
そこには、いろんな情報が記されてる。
それを元に、庭方役はお義父上の代わりに動く。
この「御庭方役」を任せられる、ということは西郷はお義父上にかなり気に入られた、と見受けた。
実際、お義父上は西郷のことを高く買っていた。
また人と人としての相性もよかったのだろう。
西郷は、お義父上を崇拝、と言える位置に上げるほど尊敬しながら、自分の意見をはっきり述べるらしい。
それに対してお義父上も、目下のものだから、と軽んじず膝を突き合わせ論じることもたびたびだった。
幾島は西郷から家定様のことや、江戸城内部のことを調べてもらい、策を講じた。

ところで、私の結婚話が進まないのにはわけがあった。
江戸に上がってきた年の六月、アメリカからペリーがやってきてその後すぐ、家定様のお父上であった徳川家慶様が亡くなった。
幕府は家定様の結婚どころではなかったのだ。
そしてそれが落ち着いたかのように見えた翌年の秋、ようやく幕府は十二月に私を迎い入れたい、という話を持って来た。
ところがそのすぐ後、安政の大地震が江戸の町を襲った。
マグニチュード七の大きな地震は、江戸の町を直撃した。
私の住んでいた屋敷も、大揺れに揺れ、床が割れ天井が落ちてきた。
幸いお義父上や私や幾島など、江戸屋敷のものは無事だった。
が、江戸の町の犠牲はおびただしく、死者は二万人とも言われた。
そしてこの地震で、結婚はまた延期されてしまったのだった。

地震も落ち着き、部屋でお茶を飲んでいた時、私はうつむき大きなため息をついた。

「のう、幾島・・・・・・。私は家定様とご縁がないのであろうか?
こうやって御台所教育をしてもらい、どうにか形になってきたと思う。
だが、何かが私に足りないのであろう。
まだ運命が私にOKを出さないのはなぜだろう。
私に何か足りないものがあるからだろうか」

さすがの私も不安に襲われ、珍しく弱気を吐いた。
すると幾島は、ふん、と鼻で笑った。

「何を柄にもなくしおらしく、言ってらっしゃるんですか?
この私が教育をして、なにか足りないものがある?
とんでもございません。
そんなものは、まったくございません!
いえ、ございました。篤姫様に一つございます。
その弱気です。
篤姫様、どうぞ思い出して下さいませ。
篤姫様は「強運」だけを持って来た、と言われました。
「強運」は強気だからこそ、ついてまいります。
弱気な方に「強運」はついてまいりません。
よろしいですか?篤姫様。
すべての出来事には、意味があります。
一見ネガティブに見える出来事にでさえ、最善の未来があるのです。
二百五十年続いた徳川幕府は、これまでの溜まりに溜まった膿みを出しているのです。
その膿みをすべて出し切ったところに、あなた様が入るのです。
これまで歴代の徳川の御台所様の中で、あなた様は異色の存在です。
いえ、前代未聞の御台所様でしょう。
そのような御台所様をお迎えするのに、これまでの古色蒼然とした江戸城では合いません。
あなた様は徳川二百五十年の膿み出しを終えたまっさらな新しい場所に入り、何かを新しく産み出すのです。
そのために必要なお時間です。
落ち込んだり、弱気になっている時間なぞありませんぞ!!」

幾島が喝を入れた。彼女の言葉に私は顔を上げた。

「膿み出しを終えた新しい場所で、何かを産み出す・・・・・・」

「そうでございます。
それこそが、何にも染まらず悠然と龍に乗って江戸にやってこられたあなた様にふさわしい場所です。
ですから、どうぞお気を強くお持ち下さいませ!」

幾島の言葉で、目の前の見えない壁が霧のように消え去った。私の目の前は三百六十度ワイドに広がりどこまでも見渡せた。
その景気は隅々までクリアーだった。そして今、目覚めたばかりのように、目に映る景色が生き生きと、これまでとは違うもののように見えた。
庭に目を移すと、冬だと言うのに庭の緑が力強く春に向けて力を蓄えているのがわかった。私の目からウロコがぽとり、と落ちた。
私はこれまで片目で世界を見ていたのかもしれない。

「幾島、わかった。
そうだ、私は薩摩から強運を持ってきたのだった。
忘れかけていた。強運は弱気を嫌うのだ。思い出させてくれて、礼を言う」

「思い出していただけて、よろしゅうございました。ご安心下さい、篤姫様。ちゃんと次の手は打っております。
どうぞ、この幾島にお任せ下さいませ。
そして篤姫様は、弱気を捨て強運をお持ちのことだけを思い出して下さいませ。龍は強きものがお好きです。
篤姫様が強運を思い出した暁に、流れは変わってまいります」

幾島はキッパリと言い切った。

今や私と幾島はれ運命共同体だった。
私は幾島に全権をゆだねることを決意した。
彼女に任せておけば大丈夫、と確信した。

「幾島、そなたに任せる。
一見ネガティブに見える出来事もきっと最善の未来につながっているに、違いない。なぜなら、私は強運だからだ」
「はい、その通りでございます」

幾島はニッコリ笑った。
私は驚いて心の中で叫んだ。おい!笑ったぞ、あの幾島が!!いや、笑わせた?!やったぜぃ!一人拍手喝さいした。

幾島は何も知らず、平然とお茶を飲んでいた。その横顔を見て、微笑みながら、心の中でガッツポーズをした。

やっぱり、私は強運だ。


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