見出し画像

贈与と感染症 〜日本人の贈り物文化〜

母の日も近いですが。「贈与」についての話を授業でするために、いろいろ調べていて、面白い話題を見つけたので2つほどご紹介。

1. 日本人は贈り物が好き?

日本は先進国の中では珍しく、贈与文化を比較的維持しているだけでなく、新たに生み出してもいるという(桜井, 2011)。バレンタインデー&ホワイトデーなどはその恒例。もちろん企業の商売戦略もあるのだが、日本人は「贈り物」が好きなのかもしれない。

ところで本を贈り合う「サン・ジョルディの日」も出版業界が広げようとしているが、あまり広がっていないのはなぜだろう。これはバレンタインデーに対するホワイトデーがないからかもしれない。

贈与は見返りを求めない純粋贈与と、見返りを求める交換贈与があるとされる。しかし現実社会では純粋贈与はあり得ない。これを説明したのがマルセル=モースの『贈与論』だ。返礼期待は必ずしも贈り物をした相手へ直接出なくてもよく、コミュニティのなかでその贈与は循環する。上の世代から下の世代へと、その「恩送り」がされるのがコミュニティである。

モースは、世界の様々な民族の風習を検討し、その結 果、コミュニティでは、「返礼のない贈与はマジありえない!」ものなのだ、という結論に達します。贈り物を贈り贈り返し、贈り合う、という関係性こそが「コミュ ニティ」であるとモースは述べたのです。そしてこのような関係性を互酬性(reciprocity)と呼んでいます。

『コミュニティの幸福論:助けあうことの社会学』

こうした交換贈与の原則から言えば、人は贈与されると「借り」ができたと思い、返礼をしなければという「負担」(心理的負債)を感じる。この心理的負債をうまく利用しているのがバレンタインとホワイトデーであると言える。サン・ジョルディの日には、返礼の機会がない。本のお礼="ほんのお礼"に何かを返すと日というのもつくれば、もっと流行るのではないだろうかと思ったり。


2. 感染病と贈与

江戸時代、予防・治療の方法が確立されていなかった天然痘(疱瘡:ほうそう)に罹った場合、その家には見舞品が送られた。そして完治したとされるとその家は赤飯や酒など、内祝配(返礼)を行っていたとのこと(中井, 2001)。今でも病気のお見舞いを送られたら快気祝でお返ししますから、そうした文化が江戸時代からあったのだ、と思うわけですが。話はそれだけでは済まなくて。

さらにそれだけでなく、疱瘡に罹った患者が出た家は治ったあとに、見舞客を招いて宴会をしていたそうである。これを「疱瘡祝」と呼んだ。この疱瘡祝について、飯田市などの長野県下伊那地方の古文書から調べた中井(2001)は次のように述べている。

このように次々に見舞客が訪れ、患者の家でも内祝配りをして往来をする。そして酒湯祝となると、大勢が集まり出入りする。どうしても間接的な接触伝染が砿ずることは否めないことである。軽くすめば二度と発病することがないことを期待しての接近なのか。しかし、その後その地域に疱瘡が発生したという事実は見あたらないのである。

中井博. (2001). 資料紹介 近世文書にみる下伊那の疱瘡祝. 飯田市美術博物館 研究紀要, 11, Body1. 58ページ

なんだか緊急事態宣言明けの飲み会を彷彿とさせられます。日本人は(日本だけでないとも思いますが)昔から、感染症が治るとそれをお祝いする意味だったり、再会を喜び合う意味だったり、あるいは溜まった鬱憤を爆発させる意味でも、パーっとやっていたのですね笑 そうやって経済も回る。贈与は循環する。コミュニティは維持される。病気なんか忘れて、みんなハッピー、になっていたのでしょう。

【参考文献】

中井博. (2001). 資料紹介 近世文書にみる下伊那の疱瘡祝. 飯田市美術博物館 研究紀要, 11, Body1.

桜井英治. (2011).『贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ』中央公論新社.


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?