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【小説】やさしい夜に

 それはとても特別な、光を放つようなプレゼントだった。
「なあに、これ」
 眩さに目をぱちぱちさせながら、私はそれをみつめていた。どきどきと、心の跳ねる音を、抑えるように、囁くように、私は訊ねた。
 姉は軽やかに、いたずらっ子みたいに、ふにゃっと目を細めて笑った。
「私の一部をあげるね」
 それは、暗くて細い道を心強く灯してくれるような、ランタンみたいに、きらきらぱちぱちと煌いていた。受け取ろうとしたら、なんだか胸がつんとして、私は精一杯笑ってみせた。
 ぎゅっと抱きしめると、それは、やわらかい野原の、おひさまと土の匂いがした。ぽかぽかと私を纏うそれらは、くすぐったくて愛しくて、涙がでそうになる。
 顔をあげると、姉もまた、私のことをどこかくすぐったそうに、微笑みながらみていた。それだけで、この先の道には、安寧が約束されたのだ、と私はその時そう思った。何度くじけたとしても、それはきっと消えないのだろう。

 不意にぱっと照らされた私の旅路に、希望がひっそりと、けれどたしかに、道端にあるのがちゃんとみえた。姉は、決して饒舌ではなかったが、私のすこやかな未来を願って今、贈り物をくれたのだ、と瞬間、光明が降るように私は感じた。受け取ったプレゼントはじんわり温かい熱をもっていて、より一層ぎゅうと胸に抱き寄せると、まるで微笑むように瞬いた。
 やっぱり姉は、魔法使いなのだと思う。証拠など一つもないのだけど、私はいつもそう信じている。だって、姉がくれる言葉に、ものに、宿った魂は、いつでもやさしい匂いを連れてくるし、私の目の前に、鮮やかな景色が一瞬で開けるのだから。


 その頃の私は、ひどく足を痛めていて、どこか遠くに気軽に行くことはできなくなっていた。まるで、どこにも着地できずふわふわと宙を漂っているような、そんなぼんやりとしたある日に、姉はそれを、一輪の花をそっと手渡すように、私に差しだしてきた。
 ずいぶんと唐突で、私は一瞬ぽかんとして、でも、嬉しくて笑った。それは私ののぞき込んでいる暗がりも簡単に打ちはらうような力をもっていると確信したのだ。私はそれを、枕元に置いておくことにした。

 しんしんと雪の降る夜が大層怖くて、そんな時はその宝物を握った。ふっと手にとって胸に寄せると、それはふんわりと花の匂いもした。やさしいその香りはゆっくりと私の呼吸を深くしていって、いつのまにか安心させていた。
 大丈夫。やさしい匂いにゆっくりと顔を近づければ、それは喜ぶようにゆらゆら揺れて、私をいつのまにかとろとろと、眠りの国へと連れていってくれるのだ。

 手にとればいつでも、きらりと光る。ときどき、まあるいお菓子みたいに不思議な甘い香りも放つ(だいたいはひなたの匂いがする、と姉に言ったらおかしそうに顔をほころばせていた)そのプレゼントは、私の世界をひっくり返していった。きっと光の粒が散りばめられてぎゅっと詰まって、それは姉が、私に託してくれた、希望そのものだった。だから私は、深い雲に覆われた夜でも、あっという間に大好きな星空のもとに着地することができた。

 私は、姉のことを、そんなに知っているわけじゃなかった。年も離れているから、きっと見上げてきた空も、色も違うのだろう。
 でも、このぴかぴか光るぬくもりは、姉のことをひそかに教えてくれる気がした。
 ずっと私を照らすその光は、姉が夜に溶かしていった淡い息遣いも、まどろむ朝に吐いたやさしい音も知っていた。何度もなでるように、包み込むように抱きしめるたびに、それに少しずつ触れられるように思えて、私は嬉しかった。

 




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