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その呪いに毒されたい

「お芝居、続けてください。きっとお姉さんは芝居の呪いにかかると思うから。役者は芝居に呪われているんです。また会いましょう。」


今日初めて一緒にお芝居をした二つ年下の彼は、山手線での別れ際、真っ直ぐな目で私にそう言った。



陽気で腰の低い関西人がいるなと思った。
さっきまで「よろしくお願いします。」とはにかんでいたはずの彼は、カットが入った瞬間、浮気を確信して怒り狂うカメラマンへと豹変した。


一方私は、”虚言癖で浮気を認めず、事後全裸の状態で逆ギレ発狂する女優の卵”の役。
正直自信がなかった。
普段怒鳴ったり発狂して掴みかかるような性格ではないので、この難易度の高いシーンをこなせる自信がなかったのだ。


しかし終わりのカットが入った時、私は涙を流して床にへたりこんでいた。
あまりの彼の豹変ぶりは、怒鳴り声は、私を振り払う力の強さは、私をその世界に引き込み、私を殺し、彼女をこの世界に誕生させていた。


この3分間という短いカットの間、確かに私は”彼女”だった。


演じているのは私のはずなのに、私を支配する感情は、彼への想いは、紛れもなく”彼女”だったのだ。初めての経験だった。そしてそれは私が何より求めていたものだった。


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1月のある深夜、私は私を終わらせようとしていた。
死にたいわけじゃない。
けど生きたい理由がなかった。
楽しく生きてみたい。
けど生きていることが苦しかった。
どんなにあなたは素敵だと言われても、私は私のことを好きになれなかった。


初めて誰にも弱音を吐けなかった。
相談できなかった。
助けての一言が言えなかった。
こんなにも苦しいならいっそのこと自分を殺してやる。
刃物を持つ手に力を込めた。
でも首にヒヤッとした触感を感じたところで、それ以上刃先を進められなかった。
死にたいくせに死ぬ勇気もない、臆病でどうしようもない人間だった。


「いっそのこと私じゃない誰かになってしまいたい」


乾いた涙を流しながら考えた。
お芝居の世界なら、どんなに最低な人間性の役柄でもそれを完璧に演じきることで認められる。
普通に生きていたら疎まれるような人間にもなれる。
はたまた自分がなりたかったはずの、素直で前向きな女の子にもなり得るかもしれない。
もしかしたらお芝居は私の救済措置になってくれるかもしれない。


これが、私が女優のオーディションを受けた唯一の理由だった。


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演じている彼女は、側から見れば最低な人間だ。
でも私は全力で彼女を肯定して、この現実世界に彼女を生み出すことで彼女の唯一の理解者になりたいのだ。
現実世界では誰かの本当の理解者になることも、理解してもらうこともできない。
でもお芝居なら、私がいないと彼女は生きられないし、彼女がいなければ私は私でしか生きられない。


まだ私の芝居は彼女を体現するに及んではいないけど、いつか完全に彼女に憑依してみたい。


有名になりたいとかそういった願望は一切ない。
だだ自分を救うために演じ続けていたい。



呪いだっていい。
演じることで自分がなくなったっていい。
それが私を救うなら、私は喜んでその呪いに毒される。



P.S

10回以上男性の力で思いっきり吹っ飛ばされたので普通に体痛いです。
それもまた醍醐味か。



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