掛けていく日常

「実はおれ、宇宙人なんだ。」夏で、どうかしたのか、受験生ならではの現実逃避か、スマホの画面ごしに宇宙人は実在した。
 
 10代の日常を一つ紹介する。
 彼は17歳になった。日本の高校を辞めて5ヶ月が過ぎた。ほぼ、単位は取り尽くし、部活は感染症対策でなくなり、修学旅行もなくなり、授業はオンラインになり、行事は唯一、オンラインで文化祭が行われた。共通テストは満点をとり、しかし、まだ、大学生にはなれない。学校にいく意味がわからない。そして、学校には、行かなくなった。実際に、偏頭痛が始まり、全く、立てなくなった。頭痛外来に行けば、起立性頭痛と診断され、まずは休むこと、と言われ、休むしかなく、出席日数は足りず、留年が決定した。単位は取っているのに、留年ってなんだ。とりあえず、辞めてもよいさ、と思っていたが、そこに行き着くまで、半年ほどかかった。
 やれ、ゴッドバンドがいるから、そこ行ってみようと噂の整体院に行ってみたり、音楽がいいんじゃないかとクラシックコンサートに行ってみたり、しかし、学校にまた行くという選択肢はなかった。最後に校門を歩いたのは、退学届を出しに担任の先生へ面談に行った時だ。教室では、ソーシャルディスタンスの生徒たち。

ふいに、バスケットボールが胸元に投げられた。瞬時に手のひらが開く。

「バスケやろうよ」

体育科のKが声をかけてきた。にへらと笑って手をふった。(もう、いいんだ、バスケは学校でなくてもできる。)後ろ向きになり、ノールックパス。Kの胸元にバスケットボールが戻った。

面談で、先生は泣いていた。面倒見切れないでごめん、ってなんだ。こちらは、つまらない授業を(ごめんね、先生)ヘキヘキとしながら、聞いていたとは、口が裂けても言えない。受験に向けて座っている生徒たちの横顔を尻目に廊下を歩いた。


 退学届を出した後、僕はひたすら寝ながら絵を描き始めた。村上隆や阿部吉俊やシャルル・バルク、ピカソやモネの絵を模写し始めていたが、最近は自分のイメージすることを描いている。
 毎日、母が仕事から帰ると一枚の絵が完成している。そして、朝、自分の部屋から出てくる時に何かしらネタを披露する。
 今朝は突然、400メートルハードル世界新記録の瞬間のモノマネで登場した。いや、そこ、普通におはようでいいと思うのだが、やってしまう。退屈凌ぎだ。ひたすら髭がどこまで伸びるか、試してみている、と、マヌルネコみたいな髭が顎についており、10代も半ばすぎると、オジサンに近づく。


「椅子に座る、椅子に座らされる、さぁ、どっち、どちらに主体があるか、それはね、ここにいることは、世界を回すのか、世界に、回されるのか、もはや、わたしにはわからない。」

タモリが、夜中にやっていたTV番組に出てきそうな、白衣を着た先生が椅子について語るという場面を想定して話し始める。妄想する力は、きっと、10代につくもの。知らない時間に、想像を生む。
 学校で使用していたインスタグラムは、停止。名前を伏せて、Twitterを始めた。ひたすら、描いた絵をアップし始めた。誰もフォローせず、いいね、リツィート、pixivでブックマークする人は、どんな絵をブックマークしたか、分析し始めた。


 「やっぱりね。フォローしたり、フォローし合って、馴れ合いの中から飛び出していかないといけないんだよ。」


 夕飯時に母に話してみた。
 先人たちの智慧を知って、模倣してみたら、何か見えてくることがあるはずで、僕の日常は、そんな模倣の連続なのだと思う。高卒認定試験を受けるため、受験用の写真を撮りに行った。髭を剃り髪を切った。初詣みたいなものだ。
 神田まで、電車に乗って、教科書を購入しに行った。学校では扱われなかった現代社会の教科書を購入してきた。
 来週は試験があるため、朝、起きては、現代国語やら地理の教科書を広げている。
 そして、今日も、一枚の絵を描き、もうすぐ阿部さんの個展があるから、試験が終わったら観に行こうかな、なんて、好きなことを自分で選んでいる。

 試験当日、まさかの電車遅延。スマホ片手にたどりつく乗り継ぎを検索。乗り切り、開始40分前に駅に到着。駅から2段飛び越しで、降りていく。
信号待ちで、そわそわ。駅でバスケ部のマネージャーが待っていた。

ぼく「何でいるの?」

マネ「マネージャーだから」

ぼく「もう、バスケ部じゃねえし!」

マネ「走っているところ、見たかったの」

ぼく「めんどくせえ!!」

駅から試験会場まで、徒歩10分程度とあるが、まっすぐ道なりを歩けば、某大学のキャンパスが広がっていた。会場まで、走った。まだ、走れた。走る、走る、マネージャーも途中まで、走っておいかけて、信号待ちで、追いつく。マネージャーは息切れ。振り返って、ぼくは、笑った。そういえば、バスケ部だった頃は身長173センチのポイントガードだった。よく寝たから、今は175センチを超えた。

ぼく「もう、走らなくていいから。もう、いいから、待ってて、後から行くから」

マネージャーは、背中が遠ざかるのを見守った。
10代の日常は、いつも、駆け抜けていく。


☆8月12日、8月13日と東京都の高卒認定試験が行われました。どんな理由でその試験を受けるのか、想像していました。会場に向かう人たちの顔を見て、案外、10代とおぼしき人たちが、多く歩いていたため、こんな物語があってもよいかな、と書いてみました。
 


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