記憶の行方S33小さな出来事-つないだ手
ぼくは、Kさんが好きだった。空港へ向かうエスカレーターで、ぼくはKさんの手をしっかり、握っていた。なんだか、これが最後のような気がして、それは、避けたいと思っていた。
Kさんが家にいる時は、母は、大の字で寝ていた。時々、下っ腹が出ており、Kさんが毛布を掛けていた。
「ポテはすぐに腹を出すな」
母が眠った隣でぼくとKさんは、よく将棋をさした。
空港の待合室から見えたジェット機は、強い風になびくことなく、人びとが入っていくのを待っているようだった。
風の強い空を眺めて、二人で何やら話していた。
「もう、背負わなくていい。しんどいの。わたしが。自由になってよ。」
「おれは、ずっと、自由だよ。子どもが産まれる時に、すべてを失ってもいいから、この子とお前の人生を背負って行くって決めたんだ。それが、おれの幸せだよ。」
ぼくはKさんと母の手を握り締めていた。
(離れないでよ。)
昨夜は二人は、ずっと抱き合って眠っていた。
(離れないでよ。ぼくは知ってるよ。二人のことを)
ぼくは、Kさんと母の手を握りしめた。
「また、好きになっていいですか?」
母は、なぜか、Kさんに時々敬語を使う。
「なんで、敬語?それ、やなんだけど、その話し方ムカつくよ。」
母は、Kさんの胸に寄りかかった。
「ぎゅっとして、」
Kさんは、ぼくを挟んで母を抱きしめた。
「もっと、強く。」
母の頬の涙は、強い風に吹き飛ばされた。
「く、苦しいよ。」
ぼくは、Kさんと母の間で、ぎゅうぎゅうと挟まれ照れくさいやら、嬉しいやらだった。
Kさんと母は互いの胸を離し、ぼくを見た。
ふふふふっ、二人は笑った。
3時間ほど飛行機に乗り、本明川の源流に向かった。
手をつないだり、離したりを繰り返し、
眼鏡橋の飛び石を飛び越えて、川を渡り切った。
源流へ向かう道を登り切ると、壁面の彫刻からも水が滴っていた。
よく晴れた空に輝いた太陽は、上流で絡まりあったミミズを照らして、反射光は、いつまでも、絡まったミミズを透明に照らした。ミミズたちは、下流に流されず、ゆらゆらと湧き水の上で踊っているようだった。
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