【試し読み】原石かんな 『そして私は透明になる』
文学フリマ東京38にて頒布予定の合同誌「Quantum」から、各編集部員による個人創作の一部を試し読みとして公開します。続きはぜひ雑誌をお求めください。
原石かんな 『そして私は透明になる』
選ばれないことが死ぬことと同じであるとするならば、この世界には死人があまりにも多すぎる。
私のスマートフォン宛に二十四社目の不採用通知が届いたのは、新宿方面行きの山手線に揺られている最中だった。
リクルートスーツという名の喪服に身を包み、今日も今日とてこれから別の企業の説明会があるというのに、タイミングを見計らったかのような不採用通知はまるで私に対する嫌がらせだ。
岡崎英恵様、から流れるように恭しく綴られた挨拶に始まり、今後のご活躍をお祈り申し上げますと結ばれたそれを、無感動に消し去る。
きっと、この間のグループ面接で私の隣にいた女の子は次の選考に進んだに違いない。なんでも国立大学の国際学部の出身で、留学の経験もあるから英語は堪能だという。面接中も留学経験について熱弁していたし、何より私と違ってとても可愛かったから。企業だって、ブスで地味な文系の女学生より、英語を話すことができて華のある方がいいに決まっている。実際、彼女が話しているときの面接官の食いつきはよかった。
可愛いというのはそれだけで正義だ。誰からも愛され、選んでもらえる。こんな不公平ってない。
「間もなく、代々木。代々木」
目的地到着を知らせるアナウンスが流れるのにつられて窓の外を眺めると、駅はすぐに姿を現した。扉が開くのに合わせて、すっかり重くなってしまった腰を上げる。人の波に流され、よろめく足取りで進んでいった。
ブスはブスなりに、せめて身だしなみだけでもきちんと、清潔に整えなければならない。
そんな使命感に駆られて、改札を出る前にすぐ傍の化粧室に立ち寄った。
鏡に映っているのは、冴えない、疲れ切った顔の、醜い私。目は一重瞼で細いし、鼻も口も全体的に平らで横に広がっていて手の施しようがない。無理に口角を上げて笑顔を作ってみると、大きな前歯が目立って薄気味悪い。
それでも少しでもましになるようファンデーションやアイライナー、口紅で顔面を補正する。いくら化粧を施しても、私の輪郭線は酷くおぼろげだ。
説明会の会場には、余裕をもって二十分前に着いた。ビルに入る前にトレンチコートを脱ぎ、折り畳む。エントランスには企業説明会が八階で行われる旨の案内があった。それに従ってエレベーターに乗り込むと、同じようにスーツを着た数人も後ろに続く。
八階へ到達し扉が開くと、目の前には茶髪にブラウスとスカートと、オフィスカジュアルな服装をした女性が待ち構えていた。その左手には、会議室と書かれた部屋がある。
「こんにちは。お名前をどうぞ」
「こんにちは。磯原博美と申します」
「磯原様ですね」
先にエレベーターを出た就活生が名前を伝えると、その社員の人は持っていた名簿から探し出し、丸をつけた。
「それでは前から詰めてお座りください」
「失礼します」
そんな一連の動作が繰り返されるのを、自然と作られた列に並びながらぼんやり眺める。工場の流れ作業のように滞りなく進み、いざ自分の番になっても、
「こんにちは」
「こんにちは。お名前をどうぞ」
「岡崎英恵と申します」
「それでは中へお入りください」
と、特別何かが起きることもなく機械的に終わるだけ。
通された部屋には、既に十人ほどの就活生が席に座っていた。前から数えて三列目の椅子が空いていたのでそこへ腰を下ろす。
部屋の前方にはプロジェクターとスクリーンが用意されていた。おそらく今日の進行役であろう三十代半ばくらいの男性がその横に置かれた机の前に立って、しきりに空調の心配をしている。
説明会は定刻通り、十五時三十分から始まった。
パワーポイントのスライドには、会社の沿革やら概要といった、ホームページでも確認できそうな情報がざっと纏められ、採用担当者がその内容を補足する形で喋り始める。私たちはというと、メモを取りながら社員の説明に示し合わせたかのように行儀よくうんうんと頷いてみせた。
ふと右隣にいる男子学生を見ると、一心不乱に一言一句を漏らさずノートに書き残していることに気が付いた。ノートの余白には、あとで尋ねるつもりであろう質問や、企業の一挙一動からどんな社風なのかという考察まで書き出されている。そこまでするのかと、当事者のはずなのにどこか一歩引いてしまった。皆が皆、選んでもらうために自分をよく見せようと必死になっている。
その光景に圧倒され、一人ぽつんと、透明人間になった気分だった。
どんなに自分が望んでいても、相手が自分を選んでくれるとは限らない。
説明会を終えてから、素直に家に帰る気にもなれず、ちょうど通り道の渋谷で途中下車して当て所なくぶらつく。ぶらつきながら、これからのことを考えていた。
このまま誰にも、社会にすらも必要とされなかったら、私は一体どうすればいいのだろう。
今までを振り返ってみても、まず容姿からして家族や友だちに憐れまれ、好きな人がいても片思い止まり。私は選択の対象外で、そこにある風景に過ぎなかった。
きっと私は何者にもなれないのだ。
ただでさえ根暗な思考回路に拍車がかかり、つられて目線も俯き気味になってしまう。
ふと足元に目をやると、右脚の腿から脛にかけて、ストッキングが伝線しているのを見つけた。思わずその場に立ち止まる。いつの間に伝線していたのだろう。スーツというのは、どんなにファッションセンスがなくてもそれなりに見えるから便利だけれど、ストッキングが伝線しているだけでもう、くたびれた女って感じがする。
生憎、今日は予備を持っていない。もう家に帰るだけなのにわざわざ買うのは億劫で、履き続けることにする。
「すみません、ちょっといいですか」
突然、男の声に呼び止められたのは、再び歩き出そうと顔を上げた矢先のことだった。
後姿を見て声をかける男性というのは、今まで何人か少なからずいた。けれども、いざ振り返った私の顔を見るや否や、「間違えました」とそそくさ行ってしまうのが常だ。
「間違えました」
この言葉の前には「選ぶ相手を」というのが省略されているのだろう。今回もその類かと、内心溜息を吐きながら仕方なく顔を向ける。
そこには、スーツ姿の、ひょろりとした長身の男性が佇んでいた。
此方が振り返っても顔色一つ変えずに、むしろ目が合っ(続く)
原石かんな HARAISHI Canna
会社員。小学校五年生の国語の授業をきっかけに小説を書き始める。
二〇一六年に個人サークル「現象」で文学フリマに初出店。
主な作品に「ゴキブリだってフェラチオをする」「平成」「アイルロポダ・メラノレウカ」。
その他の試し読み
石田幸丸 『深淵のリチェルカーレ、あるいは文学の捧げもの』
鈴木三子 『かせきこのかっぱ』
那智 『掌編 微熱』
久湊有起 『アドラルトクについて』
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