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妄想タクシー 2 真夜中の花屋さん

コンコン
ドアを叩く音
誰だろ?こんな時間に
あたしは部屋着のまま
ドアの所まで行って
「はい」
と返事した。
「ナオさん、ですね」
ドアの向こうから
女性の声がする
「あのー、どなたでしょうか?」
「真夜中の花屋をやっています紗妃と申します」
「え? どう言う事? 真夜中の花屋?」
「はい、ナオ様にお花を届けに参りました」
「どういう事ですか?」
「はい、ヒロ様よりお誕生日のお祝いの花束です」
「え? ヒロから?」
「はい、そうです」
「でも、だってあたしの誕生日は今日じゃないですよ」
「いいえ、そちらの世界ではなく扉の外側は3ヶ月前にタイムスリップしています」
あたしが怪しいなと黙っていると更に続ける。
「3ヶ月前、ナオさんのお誕生日にお祝いを言えなかったという事で、ヒロ様からご依頼がありまして、こうして伺った訳でございます」
「え? ちょっと訳が分からないんですけど? 本当にヒロからのお届け物なんですか?」
「はい、花束とメッセージカードが添えられています」
え、どうしよう?
あたしは迷ったが、紗妃さんという人がウソをついてる様には思えなかったし、ちょっと表を覗いてみたくなった。
恐る恐るドアを少し開けてみる。

「何、これ?」
驚いた。
ドアの外はちらちらと雪が降ってる。
いや、この地方で雪は珍しくない。
でも世界がいつもの風景と全然変わっているのだ。
なんだかヨーロッパかどこか、外国の街に来てるみたいだわ、と思った。
そして目の前に、真っ白なワンピースにひらひらのエプロン姿の女性がにこにこと微笑んでいる。
「あなたが紗妃さんですか?」
「はい、そうです。これをお届けにあがりました」
とバスケットに入った花束をあたしに差し出す。
「え、何、これ? えー、すごく綺麗なんですけど〜!」
「はい、本日のお花は様々な品種の薔薇でございます。カラフルにいろんなカラーで揃えてみました。いかがでしょう?」
「えー、信じられない! とっても素敵だわ!!」
あたしは感嘆の声をあげた。
「ではメッセージカードをお読み頂くために、私達の馬車にお乗りください」
「え、馬車?」
と、驚いて紗妃さんの後方に目をやると、シンデレラに登場するような白い馬車が止まっている。所々がキラキラと宝石みたいに輝いて光っている。
そして、どこから現れたのか白い馬が2頭並んで、その一つ前にも白い馬…、いやあれは、よく見ると顔から大きなツノがひとつ。ユニコーンだわ!
「どうぞ、お乗りください」
紗妃さんが手招きする。
「え、でもあたし、こんな格好じゃ」
「ご心配要りません。はい!」
紗妃さんは手に持ったステッキの様なものを一振りした。
そして雪だと思って見ていたものが本当は雪ではなくて小さな妖精達だということが分かった。
妖精達があたしの周囲をひらひらと周り光のベールで包み込む。すると……、
アララララ、という間にあたしは純白のキラキラ光るお姫さまが着るようなドレスを身に纏い、ティアラやリング、ネックレス、ペンダントなどのアクセサリー類で飾り付けられていた。
「えーっ、ウソでしょー、まるで夢みた〜い」
あたしは嬉しくて歓喜の声を挙げた。
「さあ、こちらへどうぞ」
紗妃さんに促され、あたしは馬車の中に乗り込んだ。

そしてあたしの隣に紗妃さんが乗り込む。そして御者台に腰掛ける男性に向かって、
「では、中村さん、お願い致します」
と声掛けた。
「かしこまりました」
と中村は手綱を引き寄せ白馬に合図を送る。
途端に馬車は光の星屑達を撒き散らし、夜空へと舞い上がって行った。

「信じられない! あたし、夢を見てるのかしら」
そんな声に紗妃さんはニコニコしたまま、
「さあ、周りを見てください」
と声を掛けた。
いつも暮らしている街並みがジオラマみたいに小さく見える。
「すごく綺麗……」
あたしはうっとりと景色を眺めた。
そこは普段あたしが生活している場所だったけれど、こんな角度で見下ろす事は初めてだった。
あそこがスーパーでライフはあちらの先、マスターとチカちゃんのアパートはあの辺り、ああ上から見るとこんな感じなのね。いつもこんな小さなところで生活してたんだわ。
そして、馬車はどんどん夜空を駆け上がって山の方向へと空中を走って行く。
夜のしじまの中、ポツリポツリと灯台の灯りが暗い海と陸地の境目を照らす。海岸沿いの町は眠りに包まれて、所々に小さな光の粒を溢している。
いつのまにか空には沢山の星達が瞬いて、その中をユニコーンが先頭を切って、白い馬車が空中を切り裂いて駆け抜けて行く。
そしてある一定の空間まで来ると、御者台の中村さんは静かに馬車を停止させた。

「あそこにある丘が見えますか?」
紗妃さんが指をさす。
ドライブウェイのその先に小高い丘があり、周りを柵で囲った小さな展望台が見える。
その柵の向こう、小さな2つの黒い人影が動くのが見えた。
「あ、誰かいるわ、ふたり?」
「そう、あれは3ヶ月前のナオさんとヒロさんです」
「え、あれはあたしとヒロなの? しかも3ヶ月前って、これは何? 思い出を映し出す夢か何か?」
「はい、そんな様なものです。覚えていらっしゃいますか? あそこは夢見丘展望台という所です。少しお2人の会話を盗み聴きしちゃいますか?」
「え、そんなこと出来るの? 何だか恥ずかしいけど、ぜひ」
「了解しました」
紗妃さんは微笑んで座席の前に現れたタブレットの画面をタッチして丘の上の2人をクローズアップする。
2人の姿が見えて声が聞こえ出す。

「まだ天の川が見えるわ」
ナオが指差す。
「天体観測なんて久しぶりだろ」
「プラネタリウムには行ったけど、やはり本物は違うわ、スゴイ迫力!、あっ、流れ星!あっ、こちらにも、何か願い事しなくちゃ、あっ…」
 突然ヒロが背後からナオを抱きしめた。
「暫くこうしてても良いかな?」
 ナオはこくりと頷く。
 ヒロの温かい体温を感じてナオはそっと身を任せる。
 優しく抱きしめていたヒロの腕は段々と力がこもり、いつしかきつく抱き締めていた。
 やがて、どちらからともなく顔を寄せ合い、見つめ合う、そして互いの唇を重ね合わせる。ヒロの背中にナオの手が触れた。
 星空の下、ふたつのシルエットがひとつに重なった。

『LIFE』21話より


「ああ、もうだめ、これ以上は、恥ずかしいわ」
あたしは耳まで真っ赤になったと思う。でも嬉しかった。
そうだ、あたしは決してひとりぼっちなんかじゃなかったんだと改めて気付く。
「さ、それではナオさん、先程お渡し致しましたヒロさんからのメッセージカードをお読みください。
私は前の席に移動していますから、ごゆっくりして頂いて結構ですよ」
そう言って紗妃さんは御者台に腰掛ける中村さんという男性の隣に移動した。

あたしはヒロからのメッセージカードを開き、読み始めた。

その言葉は、口にはしない。
心の奥深くへ刻み込んで、忘れない様にしよう。
あたしはヒロの温かい言葉を胸に刻んで、その人の事を想って目を閉じた。

大切なのは、花束でもなく、想い出でもなく、こうして誰かの事を想うこの瞬間だという事をそれは教えてくれていた。

ひと息ついて、ふと前を見ると、何だか紗妃さんと中村さんも2人並んでいい雰囲気だ。
私は花束を抱えて、
「紗妃さん、中村さん、どうもありがとう。とっても素敵な夜だったわ」
とお礼の言葉を述べた。
2人はこちらを振り向き、微笑みをくれた。
「では、このまま、元の世界に戻りますね。ナオさんはそちらの席でごゆっくりしていて下さい」
紗妃さんの言葉を聞き終わらない内に、あたしは幸福感に包まれて、ゆっくりと眠りの世界に落ちて行った。胸の上に両手で薔薇の花束をしっかり抱き締めたまま。


ピピピ ピピピ ピピピ……
携帯電話のアラームが音を立てて、あたしは目を開いた。
いつもの部屋、いつものベッドの上だ。
ハッと思ってあたしは自分の身体を手で触って確認した。いつものパジャマ姿に戻っている。そう言えばティアラもリングもネックレスも消えていた。

夢だったのかなぁ。
あたしはそう思いながら、もそもそとベッドから抜け出した。
でもいい夢だったなぁ。
と、伸びをして洗面所へ向かう。
冷たい水で顔を洗って、歯磨きする。鏡に映った自分の顔を見てみる。
思ったよりいい顔色をしている。夢見が良かったからかしら、なんてひとりでふふっと笑う。
えーっと今日の予定は、9時にはライフに行って開店準備、店の掃除をして、仕込みのお手伝い。お昼のランチタイムを終わらせて15時になったら一度戻って、16時からはスーパーのレジ打ちのパート。
帰って来るのは19時過ぎだなと、今日の予定を頭の中で整理する。いつもと同じ毎日だけど。

さっぱりしてふと、玄関横の靴箱の上に目を移すと、そこに置かれたままのバスケットを見つけた。中を見ると薔薇の花束があり、ヒロからのメッセージカードもちゃんと付いたままだ。

「やっぱり、夢じゃ無かったのね」

何だか嬉しくなってその場で飛び上がった。
あたしはその花束を胸に抱き締めて、今度の休みにヒロに会いに行こうとカレンダーに予定を書き込んだ。


またね♡

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