見出し画像

優良ドライバー

「富士見くん、帰りタケちゃんを駅まで乗せてやってくれる?」

サークルのオフ会バーベキューの後で僕は幹事の要さんからそう声を掛けられた。
要さんはいつも細い目でニコニコしてるこの会のリーダーだ。面倒見が良く気さくな人柄はみんなから厚い信頼を得ている。

そんな要さんの頼みを無下に断る事は出来ない。
例えそれが、僕の一番苦手そうな人であってもだ。

タケちゃんとはこの日が初対面だったが、関西弁丸出しでとにかくよく喋りよく笑う。お酒も人一倍呑んでいた。
今日のオフ会でも一番賑やかに場を盛り上げてはしゃぎ回っていた。
今もすっかり上機嫌の酔っ払い状態になっている。
多分それを見越して車を運転はしてこなかったのであろう。


「あ、良いですよ」
とわざと気軽そうに僕は返事をした。
お酒を飲まない僕は車で来てるのだ。
駅まではせいぜい30分もあれば到着する。しかも、僕が帰る方向に駅はあるのだし、仕方がない。

「どうぞー」
と僕が車に案内すると
タケちゃんは何故か後部座席に倒れ込む様に乗り込み、
「あ〜、今日はおおきにありがとー。めっちゃ楽しかったっすわ〜」
と相変わらず大きな声を出す。
一言喋る度にゲップをするので、一瞬にして車内は酒臭くなる。
僕はこっそり運転席の窓のガラスをほんの少し開けた、

走り出してからもタケちゃんのお喋りは延々と休みなく続いた。
返事をしないと同じ事を何度も繰り返すので、テキトーに相槌を打った。
それがテキトーであるかどうかは関係なく相手の反応さえあればタケちゃんの話は延々とダラダラ続いて行く。

信号待ちをしている時などは、周りの景色や隣に止まった車を見ては率直に反応する。
「うわっ隣見てみぃ、えらい別嬪さんやで」
とか
「うお、ドンキホーテあるやん」
とか
ま、どうでもいい話だ。

しかしこんな時に限って道は渋滞していてなかなか先に進まない。
それでも僕はいつも通り落ち着いて安全に運転し続ける。決してイライラなどしない。
「そうそう、オタク名前なんていわはるん?今日はいっぺんにぎょうさんの人と会うたから名前なんも覚えられんかったわ」
とここで高笑いに変わる。

僕は「富士見です」と名乗ると
「あぁ、そうやったな、フジイはんや」

ちょっと違うが、
いちいち訂正する気にはならない。

「そういやフジイはん、さっきから見てると、えらい安全運転やなぁ。まさかウチに気ぃ使てくれてはんのんか?」
またゲップを吐き出す。
「いや、そんな事ないですよ」
僕は丁寧に答える。
「あぁそれやったらええわ。ほな悪りけどひと眠りさして貰おかなぁ」
と今度はまた生あくび。
「どうぞ、こちらにはお構いなく」
その方が気楽だったりする。
深夜に酔っ払いを乗せて走るタクシードライバーの気持ちが少しだけ分かった様な気がする、

と言ってもそれで簡単に静かになる訳でもない。
横たわりながらもむにゃむにゃとまた何か喋り始める。
「いやなんせね、ウチの車の運転ちゅうたら、そらえらいもんすわー
こんな風にぎょうさん車並んどったらすぐイライラして、もうこの中縫う様に右に左にハンドル切ってね、強引に割り込んでしまいますわー、あはは」
確かにそんな運転する人も沢山いる。
僕は返事に困り、曖昧な返事をして愛想笑いをする。

「いや、こう見えてもウチ普段はマジメなんすよー、ただねぇ、ハンドル持つと、どう言うたらええやろ、人が変わるとでも言うんすかねぇ」
ここでゲップ。
半分ジョークかもしれないが、半分は本当の事だろう。
僕はもう少し窓を開ける。

「フジイはんはどうすか?ハンドル持つと性格変わるって事ないすか?
「いや、特に変わらないですよ」
「ほんま⁉︎」
「はい」
「あぁ〜、穏やかな人なんやねぇ。お酒も呑まらへんみたいやしー」
と何故かまた高笑い。

「そう言えばこっちの人はみんな穏やかやね。あの要さんもそんな感じやった」

「みんながそうと言うわけではないけど、要さんは穏やかな良い人ですよ」
と僕。
「ほうかぁ、そうなんや〜、そりゃええわぁ、ほんまにええ人に会うたよ今日は、最高の一日や、いやホンマおおきにありがとー」
とゲップ。
「はぁ」
駅まではもう少しだ。

「でもフジイはんも、こんなとこで車運転してたら、たまにはイライラしたり、慌てたりする事もあるんちゃうの?」
タケちゃんはなかなかひと眠りする事もなく思いついたまま喋り続ける。

運転中に慌てた事…?
僕はほんの少し考えて
この間、コンビニの駐車場からバックで出ようとしてアクセル踏んでるつもりがブレーキペダルを踏んでいたので車が動き出さなくて笑ってしまった事を思い出した。

「そう言えば、大した事じゃないんですけどね」
僕は少し照れ笑いしながら応えた。
「ほう?」
タケちゃんもうつらうつらしながら相槌を打つ

「たまにコンビニの駐車場でアクセルとブレーキを踏み間違えるんですよ〜」
そう言ってしまった。

一瞬凍り付いた様な沈黙の後

タケちゃんは急に飛び起きて絶叫した。


「それ一番アカン奴やん!!!!」

今の所、タケちゃんと会ったのは、この日が最初で、最後だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?