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月灯りのミウ  9/16

(第9話)ミウの話

私とマコトのいる白いモヤに包まれたこの空間に、ユタカの話す声がさらに続いた。

「それからね、ここは病気のない世界なんだ。
もっとも元から病気をしている人が来たとしたら、そのままで、良くも悪くもならないと思う。
まあ重い病気の人はなかなかこちらには来れないみたいだけどね。
つまり、新しい病気にはならないんだ。
人と会わないから、伝染病や感染症の類なんてのもこちらでは起こらない。
それに、ここではケガもしないし、死なない。
第一、災害がない。事故もない。
自殺しようとしても無駄だよ。死ねないから。
生命は永遠だ。
自殺したけりゃ現実世界に戻ってからやってくれ、だ」
と言ってユタカは楽しそうに笑う。

だからと言ってここに居ようなんて気持ちが私には到底理解出来なかった。
「ねえ、ユタカ、でもそれって、ちょっとヤバくない?」
「何が?」
「何がって言われてもよく分かんないけど、死なないって言っても、何だかそれって、死んでるのと同じことみたいじゃん。何もしなくて良いし、歳も取らないって、一見良いことのように思うけどさ。逆に言ったらやりたい事も、遊ぶことも、何にも出来ないじゃん。
どこにも行けないし、誰にも会えないなんて、幽霊じゃあるまいし、考えられないわ。そんな事、絶対耐えられない!」
「嫌だったら、帰ればいい。それだけの事さ」
事もなげにユタカは言う。
「ユタカは何度か帰ったりしてるの?」
「たまにね」
「一番近いところで、いつ?」
「うーん、ここにいると時間の流れが分からないからなぁ。それに帰ると来た日に戻ってるから、どれだけ居ようと関係ないんだよ」
「え、え、それじゃ、時間は止まってるってこと?」
「数時間の誤差はあるけどね、来た日に戻ることは間違いないよ」
「あ、あのー」
またマコトが手をあげて声を出した。
手をあげる意味はないと思うが。
「何ですか?」
「ちょっとよく分からなくなったんですけど、あの、例えば、今ですね。僕とミウさんが帰ったとしたら、多分同じ日に戻りますよね。一緒に来たのだから。でも、ユタカさんはいつに戻るんですか?」
「ああ、そうか、俺も渋谷のホテルの午前3時にここへ入ったんだけど、あれはまだクリスマスの頃だったな」
「えー、もう半年近く経ってますよ」

「ねえ、ねえ、それだったら、ここを出て外で、ていうか現実の世界で私とユタカが会うにはどうしたらいいの?」
「ああ、それはね、俺が戻ってミウが戻る日まで現実の世界にいれば、良いんだ」
「戻って待つわけ?」
「ミウから見れば待つ必要はないんだ、そこに俺がいれば、だけどね」
「じゃあ、そうしてよ」
「う〜ん、なんか面倒だなぁ」
「何よそれ、私に会いたくないの?」
「会いたくないって訳じゃ無いけど……」
「正直言うわよ。私はこんな何にもないところにいつまでも居たいなんて気持ちはこれっぽっちも湧かないわ。ユタカの気持ちが理解出来ない!」
「うん、それは分かってるよ」
「あ、あのー」
「うるさい!!」
思わず怒鳴ってしまって、マコトはビクッとした。
「ごめん、何よ?」
「あ、とりあえず、ぼ、僕は帰ろうと思うんです。良いでしょうか?」
「あ、悪かったね、マコトくん、キミには迷惑かけた。でもキミはさっき言ったように何かを持ってて選ばれた人間なんだから、いつでもこちらに来れるよ。渋谷のホテルの午前3時に月灯りさえあればね」
「あ、そうですね。無事に帰れたら、またそのことについてよく考えてみます。また会える、じゃなかった、話が出来るかも分かりませんね」
「そうだね、その時はよろしくだ。それから、ここの場所のことはあまり人に話さない方がいいよ」
「あ、どうしてですか?」
「先ず第一に信じて貰えないって事もあるけど、今のところ、入り口がひとつしか分からないんだ。だから、あまり話題にされて都市伝説みたいになったりして、もしそれが原因で渋谷のホテルが閉鎖されでもしたら、困る」
「ああ、そうですね、誰にも話さないようにはしますけど、どうかな、約束を守れるかどうかはあまり自信がない」
「あはは、分かった。その時はその時だな」
「あ、すみません。でもあまりペラペラ人に話すようなことは絶対しませんから」
「ああ、あまり気にしないで、自分のことだけ考えてればそれでいい」
「はい、ありがとうございます。では僕はこの辺で失礼します」
「帰り方は分かるね」
「はい、上手く行くかどうか不安ですけど、帰りたい場所を思い浮かべて目を瞑れば良いのですね」
「そう、ミウはどうするんだ?」
「私も帰るわよ。ユタカも待ってるから戻って来てよね。絶対!約束よ」
「やれやれ、仕方ないなぁ」
とユタカは笑った。

そして、私とマコトは今度は少し離れて身体を横たえるようにして目を閉じた。意識はすぐにすーっと白いモヤに包まれて行った。

そして、私は再び、自分の部屋で目覚めた。
前回と同じ目覚まし時計は午前8時を指していた。
マコトはどうなったのだろう?
上手く帰れたのかな?
スマホのライン交換くらいしておくんだった。
その時、ピンポーンとインターホンが鳴った。
何だろう? こんなに朝早くと思いながら、私はベッドから起き上がった。
いつのまにか普段のパジャマ姿になっている。さっきまであちら側の世界で着ていた服とホテルの部屋に置いたままにして来たバッグはちゃんとリビングのソファに置かれている。
一体どうなってるんだろ?
と思いながら、モニターに映し出された顔を見て、私は飛び上がって叫び声をあげた。
そこにいたのはユタカだったのだ。


続く


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