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三年後、ショウコ......

 星井翔子はお嬢様学校と呼ばれるその学園に進学すると、どのクラブにも所属せず『ミステリー研究会』なるものを立ち上げた。
 幼い頃より謎めいたことがあると極端に興味を示し、それを解明することに執念を燃やすのだ。この学園に進学したのもここにまつわる七不思議と呼ばれる怪奇現象について調査をしたくて仕方がなかったからだ。
 現在のところ部員は代表の翔子の他にもう一人、ミステリー小説おたくの早戸千里がいるだけだ。
 翔子はもっと会員を増やすべく勧誘活動をしたのだが、仮にもお嬢様学校の呼ばれる学園である、ミステリー研究会などという怪しげな名前の会に興味を持つ稀有な生徒はなかなか現れなかった。
 千里にしてみても、ミステリー小説が好きというだけで、実際に学園に蔓延る七不思議の解明に乗り出そうとまでは思っていなかった。彼女は本来臆病で引っ込み思案な性格なのだ。
「小説を読んだり感想を話し合うだけかと思ったのよ」千里はいつも翔子にこの様な愚痴をこぼす。
「あのね。会の名前に小説とも文学とも書いてないでしょ。謎めいた事柄を実際に研究して解明するの。入会案内にもそう書いてあったでしょ、ホントにあなたって早とちりね」
翔子はあきれていつもそう言うのだったが、謎を解明するためにはどうしても助手が必要に思われたから、千里の存在は有り難かった。

 さて、七不思議についてであるが、どこの学校にも言い伝えのある様なもの、例えば、校舎の外れにあるトイレの一番奥の個室には何かがいるとか、夜になると音楽室のピアノが勝手に鳴り出すなどといったものは単なる都市伝説で、一応調査をしてみたが、全て妄想の産物であり、何の不思議も怪奇現象も存在しなかった。それと七不思議とは言うものの実際に聞き出してみると三つ四つしか無く、それでも七不思議と一括りにしたがる日本人の慣わしには笑うしかない。
 それでも翔子がこの学園を選んだのには理由がある。

 それは三年前に起こった謎の自殺事件について調査し真実を解明するためである。その事件は学園最寄りの駅のホームから当時演劇部の副部長をしていた園子という生徒が走って来る急行電車に飛び込んだというもの。園子は普段から口数が少なく友達も多い方ではなかったのでその原因については謎に包まれている。それに秋の文化祭用の劇のシナリオを作成してその公演のために力を注いでいたというから尚更、突然の自殺には合点が行かない。しかもその園子という人は相当な美形の持ち主だったからその死についてはあらぬ噂がその後飛び交っている。
 演劇部の誰かが嫉妬して突き落としたとか、顧問の教師との恋愛のもつれだとか、ゴシップ好きな女子生徒達の間で格好の話題に取り上げられたが、いずれも何の根拠も無い勝手な憶測ばかりである。
 そして有力な手掛かりとなった出来事。園子の自殺事件から一年後、二人の生徒がホームの同じ場所同じ時間帯に転倒し怪我を負っている。その内の一人、ユウコを翔子は知っていたので、入学前に話を聞きに行ったのだ。それによると急行電車が近付いて来た時、何者かに足首を掴まれ、その後背中を強く押されて前につんのめる形で倒れたとのこと。もし、足首を掴まれていなかったら、おそらく園子と同じ様に急行電車にはねられていたかも知れないと言う。
 それを聞いた翔子は俄然この事件に興味を持った。翔子の推理したところでは足首を掴んだ者と背中を押した者は別者であろう。背中を押した者こそ園子事件の犯人に違いない。

 さて、それをどうやって調査するか?
 折りしも今は夏の終わり、時季としてはピッタリと符合する。翔子は一学期の間に駅員や学校関係者、当時の演劇部員達に聴き込み調査をしていた。
 それにより、次の事柄が判明した。
1 園子事件が起きたのは金曜日の夜
2 ユウコ達が怪奇現象に遭い、怪我をしたのも金曜日
3 その後2年の間に数回、ホームで転倒した生徒がいる、例外もあるが金曜日に数回同じ事例がある。(大事には至らず)
4 足首を掴まれる前に金縛りに遭う。その後に背中を強く押される(ユウコ情報)
 翔子はホームで転倒したという生徒達にも直接会い話を伺った。それによると金縛りには遭っていない、足首を掴まれ驚いて転んでしまった。背中を押された形跡はなし。怖くなって直ぐ逃げた。足首を掴んだ何者かの姿は見ていない。以上、それだけであった。そしていずれも夏の終わり、部活で帰りが夜半になってからの出来事である。

 いろいろ考えあぐねた結果、翔子は自分自身で体験してみるしか方法はないと結論付けた。今日は事件が発生した時と同じ、夏の終わり金曜日である。今夜それを決行する決意をした。
 その日夕方、学園の部室に千里を呼び出し、翔子は念入りに打ち合わせをした。
 明らかに千里はビビっていた。
「ねえ、やめようよ。私、怖い」
 千里は何度も翔子にそう促した。けれど翔子が怯む事は無い。ますます、興味津々でわくわくしていた。
「大丈夫、金縛りを解く方法は体得したわ。それに千里は待合室から動画撮影していてくれれば良いだけだから」
「金縛りを解く方法って?」
「これよ」
 翔子は首からぶら下げた中央に翡翠を嵌め込んだクロスのペンダントを取り出して見せた。
「え? それでホントに大丈夫なの?」
「金縛りなんてものは気のせいよ。何かそれを解くと信じれるものを身に付けて持っていればOKなのよ」
「ふ〜ん、そんなものかなぁ」
 千里は半信半疑であった。

 そんな風にして二人は暮れなずむ駅舎に足を運んだ。夏休み中とあって他に学園生徒の人影はない。実験するのに持ってこいの状況だ。
 駅舎全体が夏の生暖かい空気に澱み、曇りがちの空はいよいよ暗さが増し、周囲の森は漆黒の闇に包まれ始めた。
 暫くの間、二人は待合室で周囲の様子を伺い、その時が来るのを待った。刻々と闇が辺りを支配して行く。
 ふと窓の外に目を送った翔子が囁き声で「見て」と素早く言った。
えっ、振り向いた千里の目に、ホームの隅に佇む一人の少女の姿があった。
「だ、誰?」
「園子さんよ」
「まさか!」
 そう言えば、何だか全体像が白っぽくぼやけて見えた。
「あ、消えた」
 千里が再び窓の外を目にした時、もうその女子生徒の姿は消えていた。
「そろそろ私行くから、千里はここからしっかりスマホで私を動画撮影しててね」
「あ、翔子、お願いだから、ホントに気をつけて……」と千里が言うより先に翔子はホームに足を踏み出していた。

 ホームの端の方、園子の事件やユウコとレイコがケガを負ったその付近、低い生垣のある場所に翔子は立った。
 しかし翔子は線路に背中を向け、生垣やその奥の森の方向を前にして佇んだ。制服のシャツの胸ポケットから録画中の赤いランプの点ったスマホのレンズが顔を覗かせている。
 少し風が吹いて来た。生暖かい気持ちの悪い不気味な風だった。邪悪な匂いがする。まもなく急行電車がこの駅を通過して行く。
 翔子はハッとした。金縛りだ。身体が動かない。必死になって指先、手首、肘から先に力を集中して動かそうと試みる。自然に身体が前後に揺れる。
 指先を脇腹から鳩尾の部分に少しずつ辿る様に移動させる。全身に力を込め、それだけで汗がどっと吹き出す。それでいて背筋にゾクっと冷たい氷を押し付けられたみたいに悪寒が走る。
 物凄い轟音と共に急行電車が走って来た。
 次の瞬間、足首を何者かが掴む感触を翔子は感じた。気を失いそうだ。しかし、身体が前後に揺れていたお陰で指先にクロスのペンダントが触れた。首尾よく翔子はそれを掴んで握り締める事に成功した。
 ヒュッと音がして前方から黒い得体の知れない大きな物体が翔子目掛けて飛んで来た。流石の翔子も悲鳴を挙げて、咄嗟に身を屈めた。クロスのお陰で金縛りから脱したのだ。大きな黒い物体は翔子の頭の先の髪の毛を掠めてどこかへ飛び去った。あまりの恐怖に全身がゾワっと総毛立つ。
 その場にしゃがみ込んだ翔子の背後を轟音と金属音を響かせ急行電車が走り過ぎた。
「無事だ」
 翔子はホッと一息つき、自分の足元に目をやる。白く細い手が翔子の足首をしっかり掴んでいた。その腕を辿ってその存在を目にした。
 生垣の隙間から腕を前に突き出し倒れ込む様な姿勢でその子はいた。全体が白くぼんやりとし、少し長い黒髪、鼻筋の通った白い顔立ちが透けて見える。超絶な美少女だ。
「あ、あなた、……園子さんですね」
 翔子の声は掠れて震えていた。
 園子、いや、以前園子だったと思われるその幽体は、翔子にチラリと目をやると口の端をほんの少し持ち上げ、微笑んだかと見せた瞬間、ビデオテープの映像の様にさらさらと音も無く消えて行った。

 翔子は長い間、その場に尻もちを付いた状態で呆然と座り込んでいた。
「翔子! 無事なの?」バタバタと足音をさせて千里が駆け寄って来た。
 それを見てようやく翔子は笑顔を見せた。
「ビビったぁ〜」

 明るく安全な場所に移動し、二人は互いのスマホ映像を見せ合って確認した。
 千里が撮影した動画にはホームに左を向いて佇む翔子が映っていた。急行が近付いて来るに連れて身体が前後に揺れて腕が不自然な動きをする。足元には何も見えない。急行電車の近付く音がする。だが、次の瞬間、画像は大きく揺れて全く何も見えなくなって、そして消えた。
「ちょっと、何よこれ、肝心のところが消えてるじゃない」
「ごめん、翔子の様子が変になったから、私、気が動転しちゃって撮影とごろじゃなかったの」
「全く、仕方ないわね」
 まあ、こんな事に付き合わせた翔子にも責任はある。あまり責められはしない。
 次は翔子のスマホ画像である。こちらは殆ど暗闇ばかりを映し出す。僅か下方に生垣があるのが確認出来る。人影は見えない。急行が近付いて来る音がして、勢いよくしゃがみ込んだので、映像が大きく揺れる。いやしかし、その瞬間、微かに暗闇の中に捉えた画像がある。ホームの端に小さく灯る電灯の灯りか急行のライトに照らされたのであろう。画像を戻してコマ送りして行く。
「ここっ!」
 翔子が声をあげて、画像を静止させる。
 二人でスマホ画面を覗き込む。
 翔子が指で画像を拡大する。その黒く邪悪な物体が露わになる。
「ヒッ」千里は思わず口元を押さえたが、喉の奥から叫び声が漏れた。
 翔子は長い間、その画像を見つめて、身体の芯から湧き上がる快感に胸打ち震わせて、こう呟いた。
「あなたが犯人だったのね」



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