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はじめてづくし

 彼の誕生日のために、はじめてプレゼントを買いにいった。
男の人にプレゼントを選ぶのは初めてだ。ましてや恋人への贈り物は。
 プレゼントを選ぶのはとても大変だった。
彼は大抵のものは手に入るからだ。
遠方の大学に行っていて普段会えない彼が何を欲しいのか、何が必要なのかを探るのも苦労した。私が尋ねても「別に」「特にない」そんな素っ気ない返事。男の人ってそんなものなんだろうか、と悩んだ。
 
 彼は夏生まれだ。試験休みの間に戻ってきた彼と、会うことを決めていた。
結局私が選んだのはペンだった。ペンなら何本あってもいいし、きっと使ってくれる。その代わり、なるべく書きやすいもので彼に似合うデザインのものを探すのは本当に苦労した。

 彼にペンを渡すと、思った以上に喜んでくれた。
「女からものをもらうのは初めてだな」
意外だった。彼はもてるから、女の子からのプレゼントなんてありふれているだろうと思ったのだ。だが、言い寄ってくる女の子はうるさい「蠅のようだ」と辛らつに称し、「金持ちの顔のいい男にあわよくば選ばれたいという姑息な考えが見え隠れすることを俺は知ってる」と吐き捨てた。
 彼は自分の誕生日だからといって、特別なことはしないと言った。子どもの頃、散々両親に大騒ぎして祝われたのが居心地が悪いのだそうだ。それに加えて、自分の誕生日だからと言って言い寄ってくる女の子たちからの、期待外れのプレゼントとか押しつけがましかったり、馴れ馴れしい態度が不快でたまらない、としかめっ面で言葉を吐く彼に、私は自分が誕生日プレゼントをあげたことを後悔しかけた。
「そんな顔するな。お前の贈り物は遠慮なくもらっておく」
私が俯いて肩を落としていると、彼は言った。
「このペンは書きやすそうだ。軸の色も趣味がいい」
俯いている私に、彼はさらに声をかけた。
「それと、俺はもう一番欲しいものをもらった」
その言葉に顔を上げると、彼は私の顎を引き上げた。顔が近づき、そっと唇が触れた。彼の唇は夏の日差しで乾いていた。

 お前のその、笑ってる顔が好きだ

 いつもの整った顔でそんなことを言うから、つい「その顔、狡い」と呟いてしまった。

「もともとこういう顔だ」
「それは知ってるけど」
「さっき息止まってただろう。初めて、か」
私がうなずくと、彼はそっぽを向いて呟いた。「俺も、はじめて、だ」
 後で聞いた話ではあるが、女の子と付き合ったことはあるにはあるが、キスはしなかったらしい。そんな雰囲気になりかけても、行動に起こす勇気はなかったと彼は笑っていた。
「まああれだ、俺も案外意気地なしだったってことか。だがそのおかげで、初めての感覚を味わえるんだからな」
余裕の顔でいる彼がちょっとだけ狡く感じた。


「お前の唇、柔らかかった。また、欲しい」
珍しく顔が赤くなった彼は、誰に聞かせるともなくそうつぶやいた。
「息、止めるな」
耳元で囁かれ、私はもう一度顎を引き寄せられ、彼の顔が近づいた。
今度はさっきのような一瞬の時間じゃなくて、食いつくようにがぶりと、彼に唇を奪われた。私が目を白黒させているうちに彼の舌先は私の唇を割って入り、歯の裏を探り、舌を絡ませてきた。なんだかとてもなまめかしく、胸の奥がきゅん、と鳴った。
「可愛い奴」
彼はまたあの、何か企むような意地悪そうな笑顔を見せた。こういう顔も好きなことを知っていてやるのだから、たちが悪い。
「ね」
「ん?なんだ」
「今日は、はじめてばっかり」
彼は私を見て、それから破顔した。
「ああ、確かにな。誕生日に、初めて好きな女と過ごして、初めてプレゼントをもらって、初めて…キスした」
「嬉しい?」
「嬉しいさ」
「よかった」
私が笑っているのを見て、彼も嬉しそうだった。

 なんだか、素敵な魔法がかかったみたい。
次のハジメテ、はなんだろう。私はちょっぴりわくわくしながら、この魔法が消えないようにと祈った。

BGM:Switch  逆先夏目(野島健児) 青葉つむぎ(石川界人) 
        春川宙(山本和臣)
      「Magic for  Your ”Switch」

 

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