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#離婚

心中宵庚申[現代語版]5・近松門左衛門原作

心中宵庚申[現代語版]5・近松門左衛門原作

5.

 季節はぐるりと巡り、陽気も汗ばみ、木々の葉も緑が煌めいていた。八百屋伊右衛門の店に並ぶ野菜の水も乾いていく。
 卯月。
「半兵衛は何をしてる。売り物が萎びるわ」
八百屋の女房、つまり半兵衛の養母は苛立つ気を隠す様子もなかった。
「松、さっさと水打ちをしろ」
店を見回して、さらには家の様子も確認し、
「さん、洗濯物が干上がる、早く取り込んで畳まんかい。畳んだら打盤で洗濯物を打って柔らかくす

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心中宵庚申[現代語版]1・近松門左衛門原作

心中宵庚申[現代語版]1・近松門左衛門原作

1.

 田を干すために水を引く。落し水の時期である。山城の上田村に暮らす大百姓、島田平右衛門は去年の秋に妻を亡くし、今は病に伏せっていた。上の娘のかるは婿をとって家にいる。下の娘の千代は大坂へ嫁にいった。
「今朝から仕事がよく捗った。お竹、お鍋、ちょっと休もう」
 台所で働いていた下女たちはひと休みに思い思いに立っていった。
「台所に人がいないやないの」
 かるの夫平六は新田開きの訴訟のため京へ

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