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出産は普通にすごい。 ~オランダで出産~

というわけで丁度午前0時に破水をさせ、あとは10時間くらい頑張ってねという状況になった。助産師のレベッカとエリスは「じゃあ、何かあったらすぐ呼んでね。グットラック!」と早々に部屋を後にする。

三脚を立ててカメラをセットし、夫に撮影の指示出しをした頃にはすっかりテンションが上がっており(陣痛ハイ)すでに眠気にやられそうな夫を部屋に残して私は元気にシャワー室に飛び込んだ。

オランダでは陣痛の痛みを軽減する方法として「熱いシャワー」がとてもポピュラーである。日本では破水をしたらシャワーはNGらしいが、この国ではむしろ浴びろと言われる。43度くらいの熱いシャワーを腰にガンガン当て続けていると、不思議と痛みが軽減されるのだ。まじで効く。あんまりにも楽だから、夫を呼んでスマホで記念に写真を撮ってもらったくらいだ。

しかし時間が経つにつれ、間隔も短く、確実に痛みを強めてくる陣痛。破水してからというもの、自分でも分かるくらい急スピードで陣痛が進んでいくじゃないか。

最初の方は、部屋に様子を見に来るレベッカに「シャワー調子いいよ!でも水道代が心配だわ。」なんて言えてたのに、1時間も経つ頃にはだいぶ様子が変わっていた。エリスが心配してバランスボール(=陣痛の痛み軽減グッズ)を持ってきてくれ、「いいわその調子よ、上手!」と私を勇気付けてくれるのに余裕なくて全然きちんとお礼が言えない。もうすごく辛い。

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(*ほんの1時間前までベラベラ喋ってたのが嘘みたいだ。)

この頃には謎の悪寒までもが発生、「部屋寒くない?温度上がんないの?」と夫にずっと言っていた。しかし部屋の温度は23度ほどで、むしろ暖かいくらい。そうこう言ってたら、吐き気まで襲ってくる。なんだこれ、ひどくないか。実際に吐くことはなく嗚咽ばかり上げ続ける。ああ、つらい。

と、バランスボールに身を沈めながら唐突に思い出した。

そうだ音楽だ。

「え、エアポッど取って、、(てか着けて、、)」と夫にボソッと頼んでAirPodsを耳につっこんでもらう。ついに夫が作った陣痛用プレイリストを聴く時がきた。これで少しは気が紛れるかも...

と、思った。

が、まっっっっっっっっっっっっったく効かない。

むしろ気が散ってやばい。

もうこの時には分かっていた。陣痛という、いつ終わるのか分からない上にどんどん威力を強めていく無慈悲な苦痛に対抗する術はひとつ、それを素直に受け入れることだ。気を紛らわすなんて、まったくもって機能しない。痛みを拒否するのではなく「あぁ、よく頑張ってくれてるわ...」と子宮の伸縮運動(=陣痛)に感謝と仲間意識を持つのだ。二人三脚、がんばろう子宮。

というわけで、とにかく”頑張ってる子宮と頑張ってる我が子”のイメージで頭をいっぱいにした。

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(*とはいえ辛い。ひたすら呼吸に集中する。)

午後2時、レベッカが子宮口の開きをチェックしにやって来てくれた。

『(グリグリ)どれどれ...?』

ドキドキドキドキ...

『うん、4-5cmってところね!Well Done!(いい調子!)』

笑顔でレベッカが言った。正直、2時間も経ったのにまだ3cmとかだったらどうしよう....と思っていたので、ちゃんと進んでる!と嬉しかった。ついでに『ベビーの頭、髪がふさふさよ〜!』と言われて、それどころじゃないのに夫婦で喜んだのを覚えている。

「(しかし、子宮口が全開(=10cm)になるまであと何時間かかるんだ...)」という余計な考えが浮かびそうになったが、それもすぐに来た陣痛の波に打ち消される。

それからはもうあまり記憶がない。

たまに鳴るピーッピーッ!!!という心音モニターの警告音が五月蝿すぎて、夫に「.....とめて。」と冷ややかに言い放ったことや、吐き気がピークになって数時間前に食べた美味しいフレンチを全て残らず吐いてしまったことは覚えている(さようなら、ミルフィーユキャベツに鴨のテリーヌ。)人によっては、陣痛が来る度にパートナーに痛い部分を指で強く押してもらい痛みの軽減を図る人もいるが、そこは個人差なのか私には全然向かなかった。触れられることで気が散るし、ひとりで動き回っていた方が楽だったのだ。しかし指押しをオファーしてくれる夫に「ごめん大丈夫だよ、ありがとう^^」などと優しく言う余裕もなく、ただ無言で首を横にブンブン振ることしかできなかった。

どれくらい時間が経ったのか。もうとっくに時計は見ておらず、夫もエリスも同じ部屋にいるのに、自分だけ違う世界にいるような感覚に陥る。

グアングアンと来ていた痛みが、身体全体を打ち鳴らすかのようなズォンズォンという痛みに変化する。体勢をあれやこれや変えながら少しでも痛みがマシな方法を探ろうとするが、そんなもの存在しない。息を吐くだけでは耐えられなくなり、ついには「ハァァアアアーー」と声に出していた。痛みに意識を持っていかれないよう、とにかく吐く息にだけ集中した。

変な声を出しながら薄暗い部屋の中を無言で徘徊する私は客観的に見てだいぶ怖かっただろう。でも仕方ない、この時ばかりは野生動物なんだ。

そして突如、その瞬間はやってきた。

「あ、出る 」

急に爆弾のように落ちてきた、もよおす感覚。

『“ウ◯チかと思ったら、赤ちゃんだった。” 』そう書いていた人の話をどこかで読んでいたからか直感で分かった。

これは、赤ちゃんだ。

下から押さえてないとポロッと出てきそうでとにかく焦る。あああああやばいいい。脳内が軽くパニックになるが、陣痛中で声が出せない。神様。

「ーーくん...」かろうじて夫の名前は呼べたが、その後がどうしても言えない。テレパシーが使えたら、と本気で思った。『え、なに!?水飲む?!吐く?』と焦る夫に、陣痛の波が終わって十数秒後....ようやく絞り出した蚊のような声で伝えた。

「(レベッカたち)呼んで...赤ちゃん出そう。」

すぐに来てくれたレベッカたちに促されベッドに横になる。

『もう赤ちゃん出そうなの?どれどれ...』とさっそく子宮口を確認するレベッカ。次の瞬間、レベッカがニンマリと笑った。

『素晴らしい!子宮口はフルオープン(全開)よ。もういきめるわ。』

その時の時刻は、4:05AM。いつ終わるか分からない陣痛耐久試合終了の知らせに、私は瞬時に野生動物から人間に戻った。あまり覚えていないが、夫曰く明らかにケロっとしたらしい。ただ耐えるだけの時間が、頑張れば終わる時間になったことがそれほどに嬉しかったんだろう。陣痛は変わらず来ているのに、「え、もう動画回し始めた?画角大丈夫?」などと急にペラペラ喋り出した私に夫は困惑していた。

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(*エリスおばちゃんと)

それからはもう文字通り血を交えた戦いだった。もうとんでもなく痛い。笑っちゃうくらい痛い。後で動画を見直したら、殺人現場かってくらいの叫び声を上げていた。いきむ度にどんどん膣(会陰)がバリバリと裂けてくんだから当たり前だ。顔も自分だと認識できないくらいに険しく、人というよりもはや金剛力士像だった。

コウノドリを愛読していた私は、出産中に叫びまくっている女性の描写に「(あんなに叫ばないといけないもんかね?)」と不思議に思っていたが、自分がその状況に置かれてなぜ叫ぶのかをようやく理解した。叫ばずにはいられないのだ。下の痛みがとにかくとんでもなさすぎて、「大声で叫ぶ」とか「何かを強く握る」などして力を分散させないと自分が爆発しそうになる。

いきめばいきむほど、自分で傷口を開いていく作業はひと言で言えば地獄だ。陣痛の波が来て死ぬ気で踏ん張って赤ちゃんを数センチ押し出しても、力を抜くとスッと赤ちゃんが後退するのがわかる。なんという絶望。ひどいもんです。半泣きで「Why does she go back...(なんでや...なんで戻るんや...)」とレベッカに訴える。訴えても仕方ないんだが。裂け始めている会陰が痛すぎて無意識に脚を閉じようとするとすぐにエリスに『NO!!』と言われ『ダメよ、こうしないと!!赤ちゃん出ないわよ!』と、無理やり脚をM字型に開脚させられる。もうどうにでもしてくれ。

でも

頑張れば終わるんだ。

頑張れ、一緒に頑張ろう赤ちゃん。

何度いきんだか分からないが、ついに赤ちゃんの頭が入り口付近にいるのが分かった。すでに体力は限界に来ている。焼けるような痛み、これまでの陣痛もひっくるめてぶっちぎりに最大級の痛みだ。陣痛が来ない事にはいきめないので、あれだけ辛かった陣痛も心待ちにしていた。つねに局部をミシミシ言わせる痛みの中では、1分と言えども永遠に感じられ、私は泣きそうな声で「Contraction doesn’t come…(陣痛こないよ…)」と呟いていた。(どうでもいいがこの一言はなぜか夫のツボにハマり、悪いと思いつつもカメラ片手につい笑いそうになったという。)

『次で出てくるよ。がんばって!』

あまりの痛みに陣痛が来てるのか来てないのかもはや分からなかったが、なんとなくそれっぽいものを感じ「OK... I push now. (いきむわ...)」と最後の力を振り絞って全力でいきむ。

ーーーーー!!!

必死でいきんでいたら、レベッカが言った。

『Ok, stop stop. 』

??

ストップ?と困惑する私に彼女は言った。

『Look, look! It’s your baby!!! (ほら、見て!あなたの赤ちゃんよ!!) 』

その瞬間、自分の股から人間が出てきた。

(*あまりの衝撃に、漫画の様な驚き方をしている。)

出てきたのはエイリアンだった。胸に我が子を抱いてすぐさま感動の涙を流す母親というのを想像していたが、まったくそうはならず、私はただただ自分の胸で泣きじゃくる生命体をポカーンと見ていた。どうしよう、他人感がすごい。

しかし、心配の必要はなかった。

ものの数分で、とてつもないほどの愛おしさを覚えたのである。なんだこれ。

(*ちなみに私が最初に発した一言は「A lot of hair..」だ。その後はなぜか笑えてきた。)

いきみ始めて40分弱、明け方の4時43分に我が子は誕生した。エリスは分娩の記録を常に取ってくれていたので、マジックボードに誕生の時間を書いた際に私たちに聞いてきた。

『So... What’s her name!? 』

え、名前...?

夫と顔を見合わせる。

「あ〜実はまだ決まってないんだよね(笑) 候補はいくつかあるんだけど... 」

『あら、そう?じゃあ Meisje(=女の子)って書いておくわね。』

エリスが Welcome Meisje!! って書いているのを見て、夫とまた顔を見合わせる。なんか【ようこそ、女の子!】は寂しいぞ。よし、名前を決めよう。そうやって、ぽっと浮かんだ名前に決定した。

なんだか不思議な気持ちだな。

生まれたんだな。

人間を産み落としてた15分後、チャチャッと胎盤も産み落とした。胎盤も決して小さいわけじゃないが、出産直後だと本当に拍子抜けするくらい簡単だった。長い間、ありがとう胎盤。カメラをかまえて「あ、いいね!裏側も見せてもらっていい??おー」と中々エグいビジュアルの胎盤を何枚も写真に撮る私を見てレベッカは少し引いていた(たぶん。)

産後のハイテンションで気分は絶好調だったが、自分の肉体が凄まじいダメージを受けていたことをその後トイレで思い知ることになる。いやこれ地獄のトイレじゃんまじで。しかもウォシュレットないし...(産後のトイレの恐ろしさについては多くの人が語っているのでここではあえて省略します。)

その後、特別に24時間入院させられてることになるのだが(オランダでは通常、産後数時間で退院させられる)出てくる食事が乾いたパンやチーズ、ヨールグトなどであまりにもテンションが上がらないので、夫が家の近くのおにぎり屋さんでおにぎりとカップラーメンを買ってきてくれた。なんというご馳走。

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(*出産の瞬間、撮影を頑張りすぎて泣けず終いだった人。ありがとうね。)

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(*ドヤ顔のカンガルーケア)

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出産の痛みは、通常人間が耐えられる痛みの限界を超えているという。それでも頑張れるのは、きっとそれが大事な命を産み落とす唯一の方法だからだ。

世の中の母親達が皆この過程を経験していること、そしてそれが“まったく“特別視されていないこと...自分が経験して、その異常さに震えた。世界中で毎分200人の赤ちゃんが誕生しているらしいが、だからといって出産という大仕事を「普通のことだよ 」で片付けたいとは思わない。

私は、この大仕事をやり終えた自分が誇らしい。そして同じく、出産を終えたすべての女性に誇らしく思ってほしい。すごいことなのだ、きっと。

産み落としてすぐは「次は無痛、、無痛を選ぶわ...」と夫に何度も言っていたが、今となっては、また普通に産んでいいかな?などと思えているから不思議だ。痛みの記憶は薄れ、代わりに何度も思い出すのは、我が子が産声を上げながらいきなり目の前に登場した非現実的なシーン。その一瞬の、ものすごい体験をするためなら、辛いつわりが来ると分かっていてもまた出産したいと思えるのだ。

産後、家に通ってくれる助産師や看護師が幾度となく『How was your birth? (出産はどうだった?)』と聞いてくれた。そして、その都度私は答えた。

「Intense, but just great. (強烈だったけど、最高だったよ。)」

文句なしに人生で一番大変で素晴らしい経験だった。

この経験をさせてくれた我が子に、大きな感謝をしたい。

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生まれてきてくれて、ありがとう。

母は、死にそうなくらい君を愛してるよ。



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