見出し画像

ブランコ

夜更けにひとり、公園でブランコを漕ぐ女性。


彼女はなにを考えるんだろう。
なにを考えているんだろう。


次の日、少しでも彼女の思考に近づこうと。
彼女に寄り添おうと、
夜更けにブランコを漕いでみる。


家々に灯る明かりが次第にぽつりぽつりと、深い闇に溶け込んでいく。
あたりを照らすのは滑り台と砂場の間に置かれた一本の街灯だけ。

時折り勢いのなくした蝉が短く鳴く。
スズムシの鳴き声は近頃涼しくなってきた夜を、
さらに涼しく感じさせた。


彼女と同じ漕ぎ方、同じ角度で夜空を眺めていると、
昨日とは違って散り散りになった雲が空を覆っている。そこに星はあまり見えない。
昨日はあんなにも輝いてみえた月が、今日は雲の隙間から顔を出す程度だ。

しかし不思議と、ずーっと空を眺めていると、
自分が徐々に闇に溶け込んでいくのを感じる。
家々の明かりのように。


そして意識は遠くまで飛んで、自分が自分でないように感じる。
公園の木の上で、ブランコを漕ぐ自分を眺める。
そのとき僕は自然の一部になったようだった。

彼女は何も考えていなかったのだ。


土に溶け込む枯れた葉や虫の死骸のように。
東から登って、西に落ちてゆく太陽のように。


度々、思い出したようにその公園に来てみる。
彼女の姿はあれから見ていない。

しかしありありと、僕の瞼に焼き付いていた。


#眠れない夜に  #スキしてみて

この記事が参加している募集

#スキしてみて

526,955件

#眠れない夜に

69,470件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?