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詩「うるおい」

ちぎったパンもいらないと、
透け始めた手を払いのける。
過去の記憶に抱きかかえられて、
背の向こう側をたしかめることが
一生できない。
吐きそうだった。
横たわる体の重さをだれにも量らせない。
そのために育んだ生傷の数々。
 
悲しくないことが正常なことだから、
生きる正常さとは異常であることです。
感情が非常食。
感情の機能性。
そして痛みと鈍さを
ただ証明していきます。
あの手が透け始めるまえに
たしかにあった温度のこと。
冷たいことと硬いこと、
あたたかいことと柔らかいことは、
どうしてこんなに関連するんだろう。
 
愛っていう概念も君のことも
本当はいらないんだった。
いらないから涙が出てきた。
飾り立てられた生命のなかを、
通る一本の芯。
いつでもない今、くるしいのだと
気づけば枝が伸びている。
葉をつける。
そのときまぶたを覆うぬくもりが、
深い内臓を湿らせて、
わたしは毒をたくわえた植物になり、
うつくしく、
生っぽく、
伸びて、
いつかこの毒でだれかを治す。



※青土社『ユリイカ22年1月号』で佳作に採っていただいたものを加筆・修正しました。

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