忘れた名前
「けー、おー…わ、い?違うな。」
リップに刻印された読めない名前。
ピンクの文字は擦れている。
頭二文字。その先がわからない。
かろうじてわかる、ハートマーク。
蓋をあける。
もう少しで使い切れそうなボルドー。
それを見ながら呟く。
「もうこんな色塗らないって〜。どうしよ。」
困った末に、鏡の前。
『たまには、いいか。こんな色も。』
厚くもなく、薄くない平凡な唇にサッとひく。
思い出した、名前。
『薄い色、興味ないんだよね。』
そう言ってケラケラ楽しそうに笑う人だった。
『なんだっけ?あの、ほら、海外の女優の〜。あ〜ハリーポッター?に出てた人!主人公に近い!あの人みたいな!』
その時は、
『絶対誰かと勘違いしてるでしょ』と言った。
でも、帰ってから"エマ・ワトソン"の画像をすごい調べた。その中から1番薄くないリップの色を探して、それで買ったもの。
あの時私が"エマ・ワトソン"だと思っただけで、違う人だったのかもしれない。
もう、答え合わせはできないけど。
「は〜、馬鹿らしい。掃除の続きしよう。」
大きな声で宣言して、リップをゴミ袋に詰めた。
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