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満ち足りた一年。

12月28日、無事に仕事を納めてきた。
今年は乳がん発覚に手術、治療による副作用、持病の悪化、将棋との出会いなど色々あったが、最終的にとても充足した一年だった。
1年の締めくくりに、この気持ちを形に残しておこうと思う。



1年を振り返って

2月:乳がんの告知

年始から謎の体調不良が続いていた。
首・肩の激痛(痛みで吐くほど)が辛かった。
温泉やマッサージ、鍼、整形外科受診するも効果なく、2月に受けた人間ドックで検査終了後、医師に呼び出される。

「胸に腫瘍があります。血管が栄養を送り届けているので、大きくなる可能性があります。早く乳腺外科を受診してください」

エコーは年1回・マンモは2年に1回検査していたのに…と思った後、思考停止。
帰りの電車の記憶もない。
とにかく近くの乳腺外科へ一番早い受診予約をとって、私の戦いはスタートした。

3月:転院

がんとMS(多発性硬化症)の治療を進める上でネックとなったのは、双方の病院の立地と利便性。
薬や入院の調整も必要だったため、長く通った小平の病院から市内の大学病院でどちらも診てもらうことに。
相談に乗っていただいた患者会MSキャビンの中田さんに感謝。
医者の概念を変えるほど、若くて熱量高い素敵な主治医と出会う。
がんへの影響を考え、プレドニンやメトトレキサートなどを減らし、ケシンプタ1本を目指そう!と決意を新たに。

5月:乳がんの手術

針生検の結果、ステージI、タイプはルミナルAの初期のがん。
乳房温存術+センチネルリンパ節も除去。新設されたばかりの病室(個室)はとても居心地がよかった。

強く記憶に残っているのは2つ。
1つ目は、手術日前日。
センチネルリンパ節に色をつけるため、乳首に太い注射を刺すのだが、注射箇所に貼ってたペンレスが剥がれていて青ざめたこと(それほど痛くはなかった)

2つ目は、手術日当日。
よくドラマで見る手術台に横たわり見知らぬ天井を見た時、
「ついにここまできたか・・・」と笑けてきたこと。
母親の腹の中で臍の緒が首に巻き付き仮死状態で生まれてから40数年。ずっと病気と隣り合わせの人生だった。病気のてっぺんにたどり着いた感(笑)
心残りなく、麻酔医の秒読みで気持ちよく眠りについた。

それから手術にあたり、メールやTwitterで皆さんから温かい言葉をいただき、力になった。その節は本当にありがとうございました。

7月:地獄の放射線治療と訪問リハビリと達郎LIVE

術後の病理診断の結果、がんは育っていてステージⅡに。
抗がん剤の効果を測るオンコタイプDX検査の結果、化学療法の上乗せ効果はあまりないことから、抗がん剤は使用せず放射線治療とホルモン療法で治療することに。
オンコタイプ検査も遺伝子検査(陰性だった)も保険や補助の利用で自己負担少なくできたことはありがたかった。

だがしかし、放射線治療がとにかく辛かった。
季節は暑い夏。
ウートフの危険を感じつつ、約1ヶ月間毎日通院しなければならないのだ。
毎日毎日見知らぬ男性に胸を見られることもメンタルにきた(検査技師の方々も、お粗末な胸を見せられて大変だと思う)
そこにキロロの援護射撃も加わって、2度と聞きたくないアーティストになってしまった。キロロに罪はない(詳細は旧Twitterにて)

7月は訪問リハビリをスタートさせた時期でもある。
詳細はこちらを参照されたい。

そして最後に、7月15日に敬愛する山下達郎さんのLIVEに行けたこと。
奇跡の3列目!!!目の前で達っつぁんのギターのカッティングを見た時は鳥肌がたった。徹底した感染対策をして放射線治療折り返し地点で行ったLIVE。お陰で後半戦を乗り切ることができたと思っている。達郎さん、本当にありがとうございました。

9月:メガテン聖地巡礼とプレドニン0

長らく会っていなかった大学生の甥っ子が福岡から遊びに来た。
目的はメガテン(女神転生)の聖地巡礼w
私同様オタク気質な姉に育てられたせいで、オタクサラブレットとしてスクスク成長した甥っ子がとにかく眩しかった。合間合間にマザコン愛を語る姿も全てが愛おしい。
そして病気の様子も心配だったようで、私を元気づけるために来てくれたとか泣けてくる。いい子に育ててくれた姉夫婦、どうもありがとう。
ちなみに聖地巡礼では2日で三茶、渋谷、吉祥寺、新宿アルタ、都庁、東京タワー、神田明神、東京駅、平将門の首塚、築地本願寺、スカイツリーを回った。よく歩き、よく笑い、よく食べた楽しい観光だった。時間があったらまた記事にしたいと思う。

そして3月からプレドニンを徐々に減らし続けた結果、9月にようやくゼロになった!これで長年苦しんできたムーンフェイスとバッファロー肩から解放される!体重も緩やかに減少していて、嬉しいことばかり。

10月:王座戦と職場復帰

人生を変える将棋との出会いがあった10月。
子供の頃将棋倒しにハマったり、AI研究が台頭してきた時に人間とAIの力の差について語っていた羽生さんが印象的だったり、「聖の青春」を読んで映画を見たり、将棋との接点は細切れにあったのだが、永瀬さんと藤井さんの王座戦で点と点がつながり、気持ちよく沼落ちした。
一分将棋の気迫たるや。
将棋盤を境に、静寂と緊張の中ただ駒音だけが響き渡るのだが、背後にスタンドがいるかのようにオラオラのラッシュ攻撃で魂がぶつかり合う感覚に酔いしれた。
それ以来、Abemaで対局を見るようになり、今や現地で対局を観戦したりタイトル戦の前夜祭に行ったり、将棋世界を買うまでに至った。
将棋を見ている間は病の不安や体の痛さを忘れられるのだ。このような趣味に出会えたのは本当にありがたい。

そして半年ぶりに職場復帰。体調と相談しつつ、基本在宅勤務で働けるよう仕事内容と業務量を配慮してもらっている。このような環境を作っていただいた会社、上司、同僚、そして休職の間私の仕事を代行してくれた派遣社員の子には本当に感謝しかない。

11月:定期CT検査・関節痛との戦い

術後半年に1回やってくる定期検査。がんの再発がないか、確認するための大事なもので、今回は特に問題なかったのだが、なかなかメンタルにくる。
特に検査結果を待つ間。地味に慣れていくしかないんだが。

また8月からホルモン治療でがんに悪さをするであろうエストロゲンを止めているのだが、徐々にその副作用で体の節々が痛むようになってきた。
すでにMSの後遺症で、体幹障害と歩行障害がある私。そこに関節痛が重なって、一時は立つのも座っていることも難しかった。
また排尿障害も出てきた。お酒やコーヒーなど利尿作用の高い飲み物を控えたり、骨盤底筋を鍛えたり。今も試行錯誤が続いている。

また11月は坂井田真実子さんとの出会いがあった。彼女から強い心持ちと勇気をいただいた。詳細はこちら

12月:親しい人との別れ

休職中、私の仕事を代行してくれた派遣社員さんが契約満了に。うちの会社が好きと目をキラキラさせながら言ってくれた彼女のために、私や上司、部長が人事に掛け合い、無事違う部署で働き続けられるようになった。
仕事納めの28日、みんなで用意した花束とプレゼントをお渡しした時、
「仕事が好きで、周りの方々も大好きで、会社に行きたくないと思った日は一日もありませんでした」と涙で声を震わせる彼女。皆涙で仕事どころじゃなかったが、とても良いお別れの会だった。

この日の仕事終わり、夕日を見ながらトボトボ駅まで歩いていた時、不意に「今死んでも悔いないな」という感情が降ってきた。
好きな家族、好きな友達、好きな仕事、好きな同僚、好きな趣味に囲まれて心から満ち足りたのだと思う。人生の底(死)を強く意識する一年になったが、そのお陰で周りの景色も、自分の考え方も変わってきたんだと思う。

悔いのない人生を

そんなこんなで激動の1年が終わろうとしている。
辛いことも多かったが、記事にまとめてみると常に感謝し、満ち足りていた一年だったことに気づいた。
これからも生きている限り、辛いことはやってくるだろう。
だが、今の感謝の気持ちを忘れずに、悔いのない人生を送れたらいいなと思う。

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