日本酒、ジャケ買いしづらい問題
ジャケ買いという言葉がある。
「ジャケット買い」、つまりCDや本などの中身を知らないまま、ジャケット(パッケージ)の印象で選ぶ、という買い方のことだ。
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日本に住んでいたころ、東京でとあるバーのマネジメントを担当し、そこで扱うお酒をセレクトしていた。
日本酒も扱っていたけれど、お店の立地やコンセプトから、メインのお酒はウイスキーを中心とした洋酒だった。(資格を持っているのは日本酒だけだけれど、ウイスキーも同じくらい好きです)
そのときにお世話になっていたのが、大好きな酒販店のひとつ、田中屋(@東京・目白)だ。
世界中を駆け回って魅力的なお酒を仕入れている店主の栗林幸吉さんは、ものすごい量の知識を持っていながら、難しい話はかいつまんで、それぞれのお酒のグッと来るポイントだけをわかりやすく伝えてくれる素敵な店主。
その栗林さんは、「まあ、迷ったら、最終的にはジャケ買いだけどね」とおっしゃっていた。
ウイスキーやブランデー、ジン、ラム、ウォッカなどの洋酒には、おしゃれなパッケージの商品が多い。
目白駅からほど近い、田中屋さんに続く地下の階段を降りると、天井まで続く棚にぎっしりと詰め込まれたボトルの数々に魅了され、思わず時間を忘れるほどだった。
それは、デザイン性の豊かなボトルたちのビジュアルが貢献している部分も大きかったのかもしれない。
「デザインを魅力的に感じるお酒は、味も自分の嗜好と合う」、という考え方にも納得がいく。生産者の感性が、ボトルのデザインに現れているということなんだろう。
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一方、日本酒である。
正直、日本酒に関して、わたしはジャケ買いをまったく推奨していない。
なぜか。
わたしの好きな日本酒のボトルが、ことごとくダs ……無骨で、特に工夫がないデザインをしているからだ。
別に蔵元さんのセンスを悪く言っているわけではなく、むしろそういうところが好き、とさえ思っているけれど、
そんな風にみんなが「不器用なあなたが好き」と言ってはくれないのが世の中なので、
「日本酒のボトルがおしゃれをしづらいのはなぜか」という事情を、少し説明させていただきます。
まずは、法律。
上述している、マネジメントを務めていた東京のバーで、とある日本酒の当店オリジナルラベルを作ろうという話になったときのこと。
デザイナーさんも日本酒が大好きな方だったので、こんなデザインにしたいね〜、という話で盛り上がっていたのが、担当の方から、
「日本酒のラベルのデザインには酒税法で細かい取り決めがあるので、オシャレではなくルールを優先したデザインにしてください」
と言われてしまった。
で、その担当者からいただいたルールのPDF を見ていると、必ず掲載しなければいけない項目はまあ、さておき、
文字の大きさとか、フォントとか(「楷書体」又は「ゴシック体」か)、色味とか(「周囲の色と比較して不明瞭ではないか」って何?)まで、細かく追求されているわけです。
まあたぶん、きちんと読み込み、ルールを守ったうえでオシャレにすることは可能だろうし、頑張っている蔵元さんもたくさんいらっしゃるけれど、
多くの人が、「めんどくさっ!」と思って、オーソドックスなデザインに落ち着いてしまうのは納得がいく……。
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次に、ボトル。
日本酒のボトルって、まあ、みなさんがパッと思い浮かべるであろう正統派なかたちをしたものが多く、洋酒に比べて、凝ったデザインの瓶はあまりない。
酒蔵との関係も深い知人に聞けば、これに関しては特にルールとかはないらしく、
ただ瓶詰め機のサイズが決まっているから、とか、一般的な瓶はコストが安いから、といった事情があるそう。
なので、よほど見た目にこだわりたい蔵元さんとか、お金に余裕のある企業さんだけが、おしゃれなデザインのボトルを採用することができている、というのが現状だ。
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こうなってくると、もうめんどくさくて、「別にいっか、見た目は」みたいな気分になってしまうのもうなずける。
ところが。
日本国内ではそれでもいいかもしれないけれど、国際的に競争しようとなると、このデザインのダs……おしゃれじゃなさが、弊害になってくることがある。
日本酒のボトルは、漢字で商品名が書かれたものがほとんど。
ところが、もちろん欧米の人は漢字を読むことができない。
しかも、全部デザインは似たようなものばかり。
するとどうなるか。
全部、同じに見えてしまうのだ。
これに関して、サンフランシスコのマイクロブルワリーSequoia Sakeは、とてもわかりやすい工夫をしている。
Sequoia Sakeはアメリカ人のご主人・Jake Myrickさんと、日本人の奥さま・Noriko Kameiさんが営む、サンフランシスコの「地酒」酒蔵だ。
そんなSequoia Sakeさんの商品がこちら。
バンビの「Nama」(生酒/純米吟醸酒)、ニワトリの「Genshu」(原酒)、ウサギの「Nigori」(にごり酒)の3種類。
レギュラー商品である「Nama」、それよりもガツンとした味わいの「Genshu」、白濁してまろやかな「Nigori」というわかりやすい違いを示しつつ、
たとえその言葉の意味がわからなくても、お酒の味わいからくるイメージで
「バンビをちょうだい」「ボクはルースターよりもラビットのほうが好みだな」といった覚え方ができる、という作戦なのだ。
さすが、アメリカで生まれた酒蔵ならでは、というべきか、
日本国内でのルールにとらわれていると、講じにくい工夫かも。
多くのクリエイターは、海外の人々の視点からわかりやすくすることよりも、自分たちの持っているもののよさを伝えるということを優先してしまうだろうから。
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と、いうわけで。
日本酒の国際力を高めてゆくためには、このジャケット問題をどうにかする必要もあるのかもしれないな、というお話でした。
この日本酒、ラベルはダサいけどおいしいんだよ、っていう優越感は気持ちがいいものですが、それがみんなの幸せにつながっていくのかと問われると、わかんないなぁ、と。
まあ、わたし個人としては、別に瓶のデザインは今のままでも気にならないんだけど、
ワインや洋酒のスピリッツと比較して、日本酒の瓶は圧倒的に割れやすいので(今まで何本割ったことか……特に海外に持ち込むときに怖くて仕方がない)そこだけでもなんとかならないかな……と思う次第です。
お酒を愛する素敵な人々の支援に使えればと思います。もしよろしければ少しでもサポートいただけるとうれしいです。 ※お礼コメントとしてお酒豆知識が表示されます