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握りたかった寿司

欲望というのはいつも不意にやってくる。
不意にやってきて、いつの間にか姿を消すこともあれば、ひとの心を勝手に掴み、簡単には離してくれないことだってある。

今回は後者だった。

勤務中、15時過ぎ。
一通り仕事を片付け、ボケーっとしていた時にそれは急にやってきた。

………『 寿司握りたい!!!!』

どうしてそんなことを思ったのかはわからない。
しかしその欲望は、その後約5時間にわたり私の心を支配し続けたのである。

それからというもの、頭の中で寿司を握るイメージトレーニングをひたすら反芻した。

計画はこうだ。
帰りしなにスーパーに寄り、アトランティックサーモンのパック売りと、適当な刺身、それからすし酢を購入する。キッチンに入ったら、まずは通販で箱買いしているダイエット用マンナン(蒟蒻)ご飯をレンチンし、その間にサーモンを好きな厚さに切る。そしてレンチンした米にすし酢をぶちかけ俵状に握り、わさびを乗せ、最後にお刺身たちとドッキング!
我ながら完璧なプラン、考えただけでワクワクした。

平穏に時は流れ、19時過ぎ、よし帰るか!と思った矢先、上司から急に電話があり、ひとつ業務が入ってしまった。
「さっきこれやらなくていいって言ったやんけ‼︎‼︎」と受話器をぶん投げたくなる衝動が少し顔を出したが、咄嗟に平静を装い、なんとか20時ごろには退社することができた。

スーパーで買い物を済ませ、マンナンご飯をレンチン。サーモンを切り、全ては計画通りに進んでいた。
熱々の米を冷ます時間すらも惜しく、手のひらが真っ赤になってしまったのだが、いざシャリを握ってみると、これまで味わったことのないえもいわれぬ気持ちになった。
なんというか、真っ白に小さく固められたシャリが、かわいく見えて仕方ないのだ。
ツヤツヤと光るシャリに、アケミ、タツヤ、シャリ村などと心の中で名前をつけているうちに、いかんいかんと正気の沙汰に戻る。
中トロ、ブリ、サーモン、ホタテなど、神々しいネタにシャリをドッキングさせ、ヒヤリ、ネチャリ、ギュッといった感覚に陶酔しながら、順調に寿司作りを完遂させた。

不恰好だが愛着わきわきの寿司様方をお気に入りの皿に盛り付け、一人ニヤリ。ちゃぶ台に彼らを運び手を合わせれば、待ちに待った至福の実食タイム!!!!

......に、なるはずだった。

何を間違えたのか、私が欲望のままに握りあげた寿司は、驚くほどまずかった。
あんなに可愛がって育て上げたシャリたちの水分量が異様に多く、ネチャネチャしすぎていて、せっかくのネタも台無しになるレベル。マンナンご飯が仇となったのか、寿司酢が足りなかったのか、なま温かい米のせいなのか、真相は不明だが、寿司もここまでまずくなるものかと感動すらおぼえる始末であった。

落ち込みかけたが、このまま機嫌良く今日という日を終わらせたかったので、まずい寿司を飲み込む勢いで口に運び、お茶で流した。

口直しにガリも買っとけばよかったな。

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