新しい酒は新しい革袋が造る

 

嗜好は時代により変化する。香味が「良い」とか「悪い」という判断は、個人によっても、文化的背景や時代によっても変わっていく。野生酵母や乳酸菌等を活用した製品や特別なフレーバーを強化した商品では、かつて大量に供給された製品では「オフ」とされていた香味も、飲み手と作り手の関係で「オン」に変わってきている。「欠点をなくしたからといって、おいしいものができるとは限らない」、「ある商品では欠点であるものが、ある商品では特性となりうる」(高橋拓児:和食の道より)、作り手と酒を飲む人の両方の期待に添うような香味特性が求められている。
 例えば、清酒では、室町末の「御酒之日記」や江戸初期の「童蒙酒造記」にみられ、昭和初期には西日本のごく一部で行われていたに過ぎなかった水酛(菩提酛)が復活し、揮発酸の強い香りが個性として受け止められている。飯米に近い精米歩合で低温発酵させた甘酸っぱい純米酒など従来の杜氏ではとても造れなかったと思われる清酒が誕生している。
 酒類の品質の大きな変化は、伝統的な酒類の本場といわれる地域とは異なる地域で異なる人達が介入したときに起きる。アメリカのクラフトビール醸造家によって、ビール純粋令に縛られない様々な原料、フレーバー基材や、野生酵母や乳酸菌、今では麹も使ってみようかという広がりが生まれている。1984年に空知郡上富良野町で開発されたホップ「ソラチエース」の個性的な香りはアメリカで評価され、日本でもSORACHIを冠したビールが販売されるようになった。ワイン用ブドウ品種は世界の様々な環境で栽培され、同じ品種が異なる色調や味わいを発揮している。ウイスキーは、日本でミズナラと出会い新たな香りを纏うことになった。従来考えられていた品質範囲から外れるような大きな変化は、人がこつこつと努力して作り上げたというより、法律等における制限を含めて環境の変化が生み出した変化のように見える。古い技術や捨てられたアイデアも新しい人が新しい環境で価値を見いだせれば、一周回って先端になる。最近、清酒や焼酎を海外の水質や原料の異なるところで、日本人以外が造り始めているが、そこから、今後に残るような新たな品質の流れが生まれるのではないかと思う。
 さて、この2月以後の新型コロナウイルスパンデミックでは、各種イベントの中止・延期、飲食業界やホテル・旅館業の営業自粛で、レストラン、バーや居酒屋等で消費される酒類を中心として、世界中がこれまでに経験のない状況に陥っている。しかし、その中からも、新たにインターネットなどデジタルな世界を介して、困っている人々を支援したり、消費者と生産者の関係を深める試みが行われている。ウイルスによる感染症の拡大には、必ず終わりがある。コレラや天然痘についても、画期的なワクチンが提供される以前から人は折り合ってきた。このような中で、新たなデジタル環境が実体験とも組み合わされ、新しい役割を担うプレーヤー、新しい製造・流通・PRのシステムにより、新しい酒が造られていくことだろう。

初出 日本醸造協会誌 7月号 2020

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