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124. ジェフリー・フォード「白い果実」 【小説】

1997年に世界幻想文学大賞を受賞し、現代日本の幻想文学の雄である山尾悠子の文体で翻訳された今作品。長いこと積ん読にしてきましたが、先日ようやく読み終わりました。

確かに幻想的なモチーフが多く登場し、さらにはディストピアSF的世界観も出てくるのですが、思いがけずエンターテイメント性に富み、先の展開が気になってページを繰る手が止まらない。そんな完成度の高い作品でした。

完璧な理想都市を作り自分の思い通りに世界を支配しようとする独裁者・ビロウの部下クレイが、盗まれた奇跡の白い果実を見つけるため、辺境の地アナマソビアへ送られるところから物語は始まります。
この世界では、人間の顔を見ることでその人の性質やこれからの行動が分かるとする観相学を支配のツールとしており、クレイはその観相学を駆使して盗人を探す任を負ったのです。
(この、まだ起こっていない罪によって裁かれる狂気の法に、初っ端からディストピア感が漂っています。)

最初の頃はクレイはまだビロウの忠実な僕で、高慢ちきで自信家なので、差別的な発言や思想、下品な言動が頻発して辟易としました。正直言って、山尾悠子さんの美しい文体でなければ、第1章で挫折していたかもしれません。
ただ、そこさえ我慢してやり過ごせば、その後はあれよあれよと思いがけない方へ話が転がっていき、クレイもすっかり心を入れ替えて(とはいえ恋愛面では楽天的で安直な性格が残っていて、たまにイラっとするのですが)安心して幻想世界に身を委ねることができます。

この小説の優れた点は、世界がSF的な都市だけに限られていないというところだと感じます。
独裁者に管理され一見秩序立った人工的な都市は、世界のある部分でしかない。
辺境の地には未だ土着の信仰が残っており、人の手の入らない自然も残されている。森の奥には人智を超えた何かや人とは違う生命体が存在し、そこに夢の世界が絡み合い様々な場所が自在に繋がったり侵食し合ったりする。
重層的な世界観はそのまま物語の深みとなり、世界の全体像は一体どうなっているのかと想像力を掻き立てられます。

そして全体にふんだんに散りばめられた空想の産物の魅力的なこと。
クリスタルドームで透明な竪琴を奏でる女性。灼熱の流刑地で、死んだ後塩となって崩れていく囚人たち。内部に森をすっかり再現した、人工太陽の照る球形世界。
抜き出して書いても魅惑的な文字列ですが、物語の中にあることでイメージが体内に蓄積されていき、相乗効果を生み出すのでした。

また、単に幻想的なだけではなく、

私たちには白い果実を絶滅させることはできなかった。というのは、白い果実は森が生み出したものだからだ。私たちには世界からそれを取り除く権利はない。

など、現代的な自然環境に対する感覚を窺わせる文もありました。


最後の方はやや急ぎ足になり物足りなさを感じる部分もあるのですが、物語の締めくくり方はなかなかわたし好みでした。
ビロウが破壊され尽くした自分の都市へ帰っていく様は哀愁に満ち、安易に殺されたり改心したりするよりビロウという人物に御誂え向きだと思いますし、クレイの恋するアーラが簡単にクレイを赦したりせず、最後まで恋仲になったりなどしないのが小気味よかったです。

この「白い果実」は三部作の内の第1作であり、続く「記憶の書」「緑のヴェール」ではクレイを主人公に更なる世界の広がり・時の経過が描かれているとのことです。
こちらの2作は山尾悠子さんの訳でないのが残念ですが、まだ解決していない謎があって気になりますし、何より話が面白くこの世界にもっと触れていたいと強く思うので、近々入手し読めたらと思っています。

幻想文学に馴染みのない方でも、話の筋がしっかりあって楽しく読める作品です。お勧めです。

ではまた。

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