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94. メイド・イン・バングラデシュ 【映画】

岩波ホールで上映中の映画「メイド・イン・バングラデシュ」を観てきました。

当日上映前に知ったのですが、岩波ホールが七月末で閉館してしまうのだそうです……。映画鑑賞は神保町に行く恰好の口実というか、せっかく神保町に来たのだからと帰りに色々本を漁って良き喫茶店に行って、と楽しめるし、岩波書店が出している「図書」をもらえるし、岩波ホールはわたしにとってけっこう大事な場所だったので、驚きましたし悲しいです。
次回の作品は観に来なくても良いかなあなんて思っていましたが、最後とあらば行かねばと、思いを新たにしました。
三省堂も改装工事に入ってしまうし(古書コーナーには大変お世話になりました)、しばらく神保町には足を運ばなくなるかもしれません。古本のためだけに行くにはちょっと遠いような、微妙な位置関係なんですよね。

本題に入りましょう。

「メイド・イン・バングラデシュ」は実話に基づいたフィクションで、舞台はバングラデシュの縫製工場。
劣悪な労働環境で低賃金で働く主人公・シムが労働者権利団体のナシマと出会ったことで労働者を守る法律の存在を知り、労働組合を結成して工場に正当な待遇を要求しようと立ち上がります。
※以下、ネタバレになる部分も含みますので、気にされる方はご注意ください。

話のモデルとなったのは、ダリヤ・アクター・ドリさん。
11歳で村を出て首都で働き始めたものの労働環境が悪く、労働組合活動に参加するようになった方です。

アパレル業界・資本主義の闇や女性の地位向上といったテーマを扱いつつ、パワフルで芯の強い主人公の存在のおかげで、暗くなりすぎず希望の感じられる話になっていました。

それに映像も、服装やリキシャ(人力車)、家の内装、雑貨に至るまでカラフルな色彩ですごく華やかです。色彩感覚はほぼインド。(お隣ですし、昔はそこに国境はなかったのでまあ当然なんですが)
ダリヤさんが言葉遣いや服の着方などの技術指導もされたとのことなので、今のバングラデシュの様子が写し取られているのだと思います。

驚いたのは、ヒジャブ(スカーフ)をかぶっていないシーンが多く、服装と合わせてとても派手でファッショナブルなこと。彼女たちがどういう基準でヒジャブをかぶったり外したりしているのかはよく分かりませんでしたが(男性がいる場面でも外していることがあったので)、開放的で生き生きとして見えました。

一方で、女性たちは職場だけでなく家庭でも抑圧されています。貧しい家庭では幼い時に結婚させられるのが当たり前。それが嫌で逃げてきても、低賃金の職にしかありつけないからずっと一人で生きていくのは難しい。そうしていずれ結婚すれば、家庭で夫に暴力を振るわれたり行動を制限されたりする。

シムは多分恋愛結婚だったんじゃないかと思うのですが、夫はヒモでシムの稼ぎを食いつぶす情けない奴です。それでいてシムが労働組合の運動に傾倒すると、急に自分が働くからお前はやめろと高圧的で身勝手な態度を取ります。
最終的にシムは自分の道を選びますが、夫の希望を叶えられる範囲で叶えようとしたり、そもそもヒモであることにも強く言わないし、一体こんな男の何が良いんだろうと思って観ていました。
“妻をじぶんの所有物とみなす夫”というのは何もバングラデシュに限った問題ではありませんが、貧困や文化的背景によってその風潮が助長されていると感じました。


この映画は、労働組合結成のための書類を勝ち取る場面で終わっています。
最後の展開はかなり強引でちょっとご都合主義にも感じましたが、役所と企業が癒着してそもそも労働組合を作らせないようにしているなんて悪辣ですし、先日観た「チェチェンへようこそ」と同じような無力感を覚えました。
組織の上層部に支配された環境では、内部の人が正攻法で反発するのがかなり困難です。まず声を上げるのに相当な勇気が必要ですし、声を上げたところでもみ消されてしまう。
そうした中で、労働組合を結成することができたシムの姿は希望の象徴のように輝いています。

また、労働組合ができたから即問題が解決されるわけではなく、寧ろこれから長い闘いが始まります。そういった意味ではカタルシスには欠けますが、現在進行形で不当な扱いと闘っている人々がいるので、安易な結末にするよりずっと良いと思います。
一昔前のバングラデシュでは女性には参政権もなく教育も受けられなかったし働くこともできなかったのが、今は働いて少ないながらも自分でお金を稼ぐことができる。まだまだ理想は遠くても、少しずつ状況が改善されている。
パンフレットで監督がそんなポジティブな言葉を綴っていました。
自分の権利を勝ち取っていく女性たちはまだまだ道半ば。格差問題・ジェンダー問題が全く存在しない国なんてきっと世界のどこにもありませんし、自分ごととして胸に迫ってくるラストでした。


無論この映画では、ジェンダー問題と同程度、もしくはそれ以上にアパレル業界の抱える問題に焦点が当てられています。

シムたちが作っている服は、安価で諸外国に買われ、ファストファッションとしてわたしたちの手元にやってきます。つまり、彼女たちの貧困は全然人ごとではなくて、寧ろわたしたちが「安く物を買いたい」と思うことによって改善されないでいるとも言えるのです。

この問題については、パンフレットを読むことでより理解が深まりました。

特にMFA(多角的繊維協定)という貿易協定によってバングラデシュが世界の縫製工場になったくだりなど、大変勉強になりました。(簡単に言うと、韓国などが欧米に衣類を無制限に輸出できなくなったので、バングラデシュなどに工場を作ってそこから輸出するようになったのだそうです)
また、ファストファッションの製造過程の過酷な労働環境について暴いた、2013年のラナ・プラザのビル崩壊事故についても冒頭で触れられていましたが、この事故を写した写真を当時、世界報道写真展で見たことを思い出しました。
この頃からさして状況が変わっていないと考えると辟易としてしまいますが、この間わたしも特に何もしていないや、ということに気づいてさらに愕然とするのでした。

パンフレットにあったこの言葉が印象的でした。

労働者にきちんと対価を支払っていないからといってそのブランドの服はもう買わない、というのなら、それこそ労働者が絶対に望まないことです。それは解決策ではありません。

わりとこういう対処法を取っている人をネットで見掛ける気がするのですが(適当なフィーリングだけれど)、改めて考えてみるとそれだと確かに労働者にさらにお金が渡らなくなるだけなんですよね。
だからと言ってどうやって企業に自分たちの問題意識を伝えれば良いのだろう。
ドキュメンタリーを観た後あるあるな、今自分が何をすれば良いのか分からない状態に、(今回は一応フィクションでしたが)陥ってしまったのでした。


ところで日本で劇場公開されるバングラデシュ映画はこの作品が初めてなのだそうです。
バングラデシュ事情がほんの少し分かったことで、これからはバングラデシュという国にもっと親しみを持てるような気がします。その国の空気感を身近に感じられるって、そこに生きる人々に思いを馳せる時に大事なポイントになるように思います。

ではまた。


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