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156. 地球へ... 【漫画】

書きたいネタは色々あるんですが11月に入ってから遊びとバイトで生活が忙しくなってきて、どうにも書けない日々が続いております。お久しぶりです。


さて。
竹宮惠子といえばやっぱり「風と木の詩」。しかしあまりの生々しさにお手上げだったので(当時大学二年生だったから、恐らく今もまだ無理だろう……)、方向転換してSFへ。
まず「私を月まで連れてって!」を読んでみたところ、タイトルのわりにあんまりSF要素がなくラブコメディだったので、正当に、有名なこの作品に着手することにしました。
※いつも通りネタバレ気にせず書いていますのでご注意下さい。

平たく説明すると、
機械に管理された社会で除け者にされたミュウ(超能力を有する新人類)が、人類の故郷である“地球”に帰るため、人間を支配している機械と戦う話です。

“文明が発達するにつれて荒廃する地球、とうとう住めなくなり他の惑星への移住することに”というこの時代の作品でよく見かける設定(好きなんですが最近はあまりこういうの流行らないですよね)を基盤に、「地球へ…」では地球の環境を回復させるため、徹底的に機械が生命を管理しています。
機械の第一目的は地球を蘇らせること。そのために、人間はその目的の邪魔にならないよう機械に従順に育てられ、不安分子は処分されるという仕組みが出来上がっています。

この“地球を中心にすえ地球をよみがえらすためだけに”作られたシステムというのが実に壮大で不遜で、読んでいてゾッとしました。


地球の地殻の下 マントルの流れ…
それを操作しエネルギーを増幅させる
マザーはわれわれの生活を管理するだけではない
ここで地球の胎内に直接ふれながら力をふきこみ
死の眠りにつこうとする地球を目ざめさせようと努力している
地球とへそのおでつながった“生き物”だと言ってもいい

マントルの流れさえ操り、一つの星を完全にコントロールしようとするこの傲慢さ。環境に左右されないドームを作ったり、他惑星に植民する話はあちこちで目にしますが、このスケール感で自然を意のままにしようとする作品は初めて触れました。
少女漫画脳のわたしには少年漫画ぽさが合わないのか、そも竹宮惠子漫画と相性が良くないのか、この作品の描き方はどうも好きになれなかったのですが、この意味で、SFの金字塔として通るべき作品ではあると思いました。

ところでコミックスを手に取るまで知らなかったのですが、この作品「マンガ少年」に連載された少年漫画なんです。
開いてみれば確かに、バトルメイン(主人公は“ソルジャー”なんて呼ばれてますし!)でメカの描写も多くあくまで人間に肯定的な様は、(少年漫画をほとんど読んだことがないので少年漫画だと断言はできないが)少女漫画ではない画面。
発表年(1977年)も題材(故郷に帰ることが念願の超能力者)も、萩尾望都の「スター・レッド」に近いですが(こちらは1978年、火星に憧憬の念を覚える火星人)、ポエジーで人間の闇に迫る描き方をする萩尾望都とは全く違います。
性善説のSFってあまり見慣れていないもので、人間の力を信じてスーパーコンピュータから地球を奪還するミュウたちを見ていると、でも昔地球を荒廃に追いやったのは人間じゃん、どうせまた同じ過ちを繰り返すよと悲観的になってしまったりもします。

まあ根底に明るさがあるというだけで、ストーリー的には暗い部分が多いのですが。
主人公ジョミー・マーキス・シン(ソルジャー・シン)がスーパーコンピュータと接触した際にこぼした言葉が印象的でした。

行動するとき人はいつでも心に呵責を負っている
ほんの少し圧力を加えれば人はだれでもその意志を手離す

彼はその機械による圧力を“潜在的心理攻撃”と呼びます。
新しく何か行動してみようという時、たとえそれがどんなに小さなことであっても、いつもとは違うということに全く不安を抱かないことがあるでしょうか。
未知のことって期待も大きいですが、恐怖でもあります。そのバランスがどちらにもたやすく傾きうるのだと、言葉にされて改めて理解しました。

若干設定やストーリーが違うようですが、アニメ版もあるので、今度観てみようと思います。漫画とはまた違った感想を抱くはず。

それにしても今回はやたら()を使ってしまった。反省。
ではまた。

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