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78. 佐藤史生 その2 【漫画】

もっと沢山記事を書いていたと思っていましたが、実はまだ2本目だった佐藤史生。
1本目はこちら。作家についての簡単な説明などもこちらをご覧ください。

今回読んだのも「春を夢見し」と同じく短編集の、「チェンジリング」です。
1989年の作品を集めたもので、寡作かつ早逝だった佐藤史生の仕事の中では後期に当たる、のかな。SF多めで嬉しい。

以下、それぞれの短編の感想を書き連ねていこうと思います。(大幅なネタバレがあります。気にされる方はご注意ください)


・チェンジリング
表題作は、おそらくかなり地球の宇宙開発の進んだ時代が舞台。
母なる地球(オールド・アース)は、数百年前、宇宙に「種子」(恐らく地球人の乗った宇宙船のこと)をばらまいた。
種子の探索者(シード・シーカー)のリンは船内コンピュータのミズをアシスタントに、種子たちがその後どうなったかを探し出し観測することを生業にしている。

ある時彼女たちは、種子惑星としては珍しく文明の高度に発展した惑星「イリドム」を発見し、接触する。
そこでは数十年前の革命によって、腐敗した支配階級だった地球原産のホモ・サピエンス“貴種”が滅んでいた。代わりに都市を運営しているのは下層市民だった“改良された人類”たち。彼らは遺伝子操作などで肉体を強化した新種で、今は平等と自由の理念に基づき暮らしている。

一見理知的で整然としたユートピアに思われたイリドムだが、革命のリーダーだったセフィロートとリンが出会ったことで、バランスが崩れ物語が急速に動き始める。

イリドムでは“貴種”は皆思春期を迎えると淫蕩な日々を送るようになり理性を失ってしまったという。
そんな彼らに甲斐甲斐しく奉仕していた新種の人々はある時平等という理念を発見し、革命を起こした。“貴種”を憎悪したわけではなく、ただ本当に平等を目指して。そうして結果的に、理由は分からないが、元々人数の少なかったホモ・サピエンスたちは生命力を失い滅んでしまった。
その事実に心を痛めていた新種の人々は、しかし実はイリドム人たちが作ったロボットだったのだ。

そのことを知らなかった新種の人々は、革命によって“創造者を殺した”という事実にショックを受け、思考を停止ししてしまう。単に自分のするべき作業をこなすだけの普通のロボットになったのだ。一人、真実を知っていたセフィロートを残して。
リンは惑星を封鎖し、セフィロートを人間の亡命者ということにして船に同乗させると(半ばセフィロートのゴリ押しで)、イリドムを後にする。


地球人は例えば(資源を搾取するための)貿易相手として、もしくはより良い環境に地球人が移住するために“種子プロジェクト”を敢行しているのかなと思います。でも星々にはそれぞれの歴史があって、それは地球が望んだ形とは違う発展を遂げていることもあるし、そもそも知性が退化していることも往々にしてある。
地球側は送られてくる情報に目を通すだけだから楽だけれど、シーカーは人間の本質とか愚かさに何度も直面しなければならない、大変な仕事なんだろうなあ。リンのさっぱりとした性格はそんなことを感じさせないが。

作中に

貴種の本質は「一人一人のエゴ宇宙に唯我仏として存在する」こと

とあって、確かに人間は主体としての自分を中心に据えなければ物事を考えられないよなあとしみじみと。
それは合理性の面から言ったら忌避すべきことだけれど、人間ってそういうものだし、だからこそ良い面もあって、多様な価値観や考え方が存在し相乗効果で新しいものが生み出される。

しばしば、感情を持ったAIと人間は何が違うのか、とかどちらが優れているのか、というテーマは芸術作品などで取り上げられます。
イリドムの新種たちも感情を持ったAIに近い存在ですが、人間と対比した時に見える相違点は彼らが本質的にロボット三原則に従っていること。

ロボット三原則
・ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
・ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
・ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

(わたしはまだちょっと第三条の制定されている理由を理解できていないのですが)
イリドムの新種たちはこの第一条によって、自身の作り手である人類を殺してしまったことを受け入れられず自閉してしまいました。

とは言え、人間も一般に同じような道徳観念を持っていて。
第一条で禁止されている事柄は人間に置き換えると、恐らく多くの文化圏でタブーとされているであろう親殺し、ひいては神殺しを意味します。
神殺しの方はちょっと一神教限定のような気もしますが、ともかく、親殺しという言葉に嫌悪感や躊躇いを感じる人は決して少なくないでしょう。(普段憎たらしく思っていても、多分)
そう考えると第一条は安全性の担保だけでなく、ロボットの思考を人間の倫理観に寄せる意味合いもあるのかな、とか思ったり。

このロボット三原則が適用されない場合、例えば第一条がなければ人間はロボットに制圧されるかもしれないし、例えば第二条がなければいよいよ人造人間と人間の区別がつかなくなってくるでしょうが、そこは今日は考えないことにします……(笑)


ところでイリドムで貴種が滅んだのは、ロボットたちの方が美しいからなんじゃないかと思う。人間同士で愛を育むよりも、種は残せなくともロボットを相手にしていたかったのじゃないかしらん。


・ネペンティス
「チェンジリング」の続編。
リンとセフィロートが旅の途中で寄った複合船で起こった出来事について描かれています。

複合船とは一つの大家族(百人以上!)で構成された、一個の船で一つの社会を作っている交易船のこと。
今回リンたちが接触した船では丁度船のキングが亡くなって喪に服していた。
穢れを払うため、という名目で晩餐に招待されるものの、独特の風習に巻き込まれ、セフィロートはあわや八つ裂きにされる事態に。
からがら逃げ出した二人は自分たちの船内でほっと一息、複合船ネペンティスの社会に思いを馳せる。


「チェンジリング」では整った顔立ちに長い髪、神秘的な見た目だったセフィロートが中華風の髪型に変わっていて最初同一人物には見えませんでした。でもこっちの見た目も良い。

閉ざされた世界だから生まれ守られてきたしきたり、という設定は魅力的。星ではなく常に移動する宇宙船だからこそ実現している社会なのだと思います。
こういう人類学的要素のある話には何となく惹きつけられます。


・塵の天使
舞台設定はSF、内容はファンタジー系ラブロマンス、と言ったところ。
宇宙は「チェンジリング」の世界観と共通のようで、人類最初の宇宙都市ペンジュラム・シティが舞台。

主人公ペンローズが一目惚れした女性リドラにプロポーズする。だがリドラの祖父ヤンはそれを許してくれない。そして言い合いになった際、ペンローズは誤ってヤンを殺してしまう。
すると今までヤンに執着していたリドラが、あっさりと祖父のことなど忘れペンローズだけを慕うようになった。彼女は、土の中のモトにイメージを与え続けることによって理想を現実化した存在“塵の天使”であり、これまではヤンの理想の女性を体現していたのだった。
そうしてヤンから解放された彼女は、今度はペンローズの望む形へと変化していく。ペンローズそっくりの姿に。


結局一番愛していたのは自分自身、というちょっとゾクッとするオチ。
ペンローズは誰も愛することができないのだろうか。
しかし他者の理想像、それもブレずに一つの像をずっと考え続けるのはなかなか困難なことだと思います。結局わたしも塵の天使を手に入れたら自分そっくりのモノを生み出してしまうかもしれない。


・オフィーリア探し
レズビアン・バーで起こった殺人事件と、そこでのごたごたを描いた作品。
徳永メイという人が原案を手掛けています。この方も漫画家らしいのですが調べても全然情報が出てきません。ただ佐藤史生に他何作か原案を提供しているとのことです。

男なのか女なのか性の揺れ動いている人物を描くに当たって、佐藤史生の作画はけっこうハマっていると思います。他の作品より人間のどろどろした感情がストレートに出ていますが、この絵によって汚らしさが緩和されている感じがしてわりと読みやすいです。
SF続きの短編集になぜこれを組み合わせたのかはよく分かりませんが。


・タイマー
数ページの詩とイラストの作品。シリアスに見せかけてコメディ落ちの、ページ埋めみたいな装いですが、描かれているイメージは豊かです。


その1からその2の間に佐藤史生の漫画の積ん読が5冊くらい増えてしまったので、読んだらまた感想を書きます。
いやはや、時間が足りない……。

ではまた。


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