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68. 天翔るシンボルたち 【本】

図説中国文化百華という叢書の第二巻、「幻想動物の文化誌 天翔るシンボルたち」を読みました。
一角獣・鳳凰・龍を中心に、古代中国人が図像や文献に残した異形・異能の幻想動物たちについて探るという内容です。

なぜそういう形や能力を持って生み出されたのか、ひいては古代人が何を思っていたのか。そして、生み出された幻想動物たちがその後どう扱われたのかについて、豊富な図像と注を駆使して解説してくれます。
以前熱弁した青銅器の図像についても触れられています。

もちろん、三、四千年前の人々の思考を正確に理解することは困難なので、結局は「なんだろうねえ」の世界です。分からないことも多く物足りない点もままありましたが、読んでみたい漢籍をリストアップできたので大変ためになりました。
(わたしのnoteで常々触れております)諸星大二郎の漫画に引用されている文献も多く、ああこれ知ってる! とか、あれに出てきた生き物だ! とか思いながら読めたのも楽しかったです。
特に、中国のこの手の話と言えば真っ先に思い付く「山海経」。平凡社から幾つかのバージョンで出版されているようなので、じっくり読んでみたいものです。


本書は、古代中国では多種多様な幻想動物が存在したけれど、西洋風の自然観の流入や似た生物の乱立により、段々統合されたり消え去ったりしたと説きます。
古代の豊富な幻想動物誕生の理由の一つは、農耕が中心だった古代において、野生動物を観察する必要がなく、自由に空想が広がったこと。
自然に常に脅かされて生きていたであろう古代世界では、中国に限らず様々な妄想が繰り広げられたことだろうと思います。ただ中国では西洋と違い、「人間にとってどのような役割を果たしているのか、という『実利的な』考え方が優先されていたため、動物そのものを観察し、事実に即して記述することはかえって軽視されていた」点がポイントです。
この辺り、比較人類学的な視点の怪異辞典があったら、地域ごとの空想の差が見えて面白そうです。

また、幻想動物は瑞祥とされたり凶兆とされたり、外見や能力が同じでも時代によって見方が変わってきました。その時の権力者や政治に利用されていたことが大きな要因だったようです。
それから明確なイメージが定まっていなかった頃は、少しでも共通点があれば実際の生き物を「これがその幻獣だ」として持て囃すことも多かったとか。
元々好き勝手な空想から生み出された存在なので、その中身も自由自在だったんですね。

このことに関係してこんな記述がありまして、

鳳(鳳凰)は好んで竜の脳を食べるので、竜が畏れる

という伝承もあったそうです。鳳凰が龍より強いなんて、絵面からはあまり想像がつきませんが、幻獣の間にも色々な関係性があると思うと妄想が膨らみます。

龍については気になる箇所がもう一つあって、「説文解字」という最古の漢字辞典のようなもので、龍という文字はこう説明されているのだそうです。

(龍は)姿をくらますこともできるし、明るみに出ることもできる。細くもなり、巨(ふと)くもなる。短くもなり、長くもなる。春分の日に天に昇り、秋分の日に淵に潜る。

特に容姿についての説明が、現代のイメージと大分違います。この文面からは、雄々しさや猛々しさといったものよりも、トリッキーでユーモラスな感じを受けます。
まあ中国では龍には色々な種類があるということなので、全てを引っ括めた説明なのかもしれませんし、二千年くらい前の書物ですからこの頃の龍はこういうものだったのかもしれません。


その他読んでいて気になったのは以下の二点。

宗教的な食物禁忌や、動物供養は、動物を使役することに対するうしろめたさの無意識的なあらわれ

これは全然考えたことのなかった視点でしたが、そうなんでしょうか……。人心の統制を図るとか、身近にいることによって情が湧くとか、多くの要因が含まれているんだと思うのですが、こういった感情もある、のかなあ。
幻想動物は関係ない、どちらかと言うと心理学的な問題ですが、気になったのでメモしておきます。

月に兎とヒキガエルがいて、太陽には三本足の烏がいる

今も兎の方は民間伝承に残っているそうですが、太陽の方の話はすっかり廃れたそうです。
そもそもわたしは中国では月に蟹がいると思っているのだと信じていたので、兎やヒキガエルがいる伝承もあるとは初耳で驚きました。
ちょろっと調べると、アジアではわりと見える模様的に「月に兎がいる」とする地域が多いようです。もちろん日本も同じく。
一方で太陽にいるという三足烏は道教や中国の土着の信仰と結びついているので、他の地域ではあまり根付かなかったのではないかと思います。


近現代の中国では合理化が推進され、かねてから忘れられがちだった幻想動物たちの影がますます薄れていったようです。最近またデザインの一種として復権しているようですが、龍や鳳凰など、日本の方がよっぽど馴染み深いかもしれませんね。
大体漢の時代までは幻想動物が人々の生活に活きていて、息の長いものは唐や宋でも信じられていたのだとか。

幻獣だけでなく人型の怪異や妖怪についても気になってきました。
ちょっとズレるかも分かりませんが、怪談噺集である杉浦日向子の「百物語」もずっと読みたいリストに入っています。
今後じっくりと、空想の世界を学問していけたらいいなと思います。

ところで、中国(に限らないけど)は王朝があれこれあって覚えきれないので、わたしとしては、中国の年表があったらもっと理解が深まったと思います。(何せ周代くらいまでしかちゃんと頭に入っていない……引っ張り出してくるのを横着した自分が悪いんですが)

ではまた。

「幻想動物の文化誌 天翔るシンボルたち」
張競:著 農文協:発行 2002年

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