ep.27 夜の月

マザー・ノエマが破壊され、全てのノエマが解放されてから、今日で5年になる。
中央管理塔が崩壊したあの日、レジスタンスの拠点でユクの帰りを待ち続けたが、結局、約束が果たされることは無かった。

レジスタンスたちによって崩壊した跡地の探索が行われたが、崩れた瓦礫の下敷きになってしまっては、欠片一つでも見つけることは困難であると告げられた。

5年という月日は短くあっという間で、沢山のことが変わっていくには長い時間でもあった。

「ナナ先生!ハナがまたクローゼットに閉じこもって出てこなくなちゃいました!」
「そうですか、じゃあ落ち着くまで待ってから声をかけに行きましょう。」

私は今、マザー・ノエマの停止に伴い解放された進化について行けず、“心”が傷付いてしまったノエマたちの心の傷を癒す手伝いをしている。
みんなからは先生なんて呼ばれているが、そんな大したことはしていない。

「アハト、あなたまたハナに色々言ったんでしょう、焦らせちゃ駄目と言ってるじゃないですか。」
「すみません……。」
先程飛び込んで来た彼は私のアシスタントしてくれているのだが、力が入りすぎることがある。
「今日はもういいので、食事の用意をお願いします。」

アハトに指示を出して私はハナの部屋へ向かう。
クローゼットの前に座り込んで、何を話したものかと考える。
とりあえず待とう。なに、待つことは私の得意分野である、なにも苦ではない。
しばらくするとクローゼットの中からコトリ、と小さな物音が聞こえた。

「暗くないですか、中。」
返事は来ないが気にせず話しを続ける。
「私、暗い所はどうにも苦手で、狭い所は大丈夫なんですけどね。だから、大丈夫なのかちょっと気になってね。」
少し間が空いて、クローゼットもほんのちょっとだけ開く。
小さな声が聞こえた。
「……だいじょぶ。」
「そうですか。もしハナが大丈夫なら、夜散歩に付き合ってください。私、どうしても行きたい所があるんですけど、暗いのが駄目だから、一人だと行けないんです。」
「ナナセンセ、暗いの怖いの?」
「ハナがいれば大丈夫なんですけどね。」
「それ、ずるい。」
さっきよりも扉が開かれ、つぶらな瞳がこちらを覗く。
「しかたないから、一緒に行ってあげる。」
「ありがとうございます。」
かくして、ハナを外へと連れ出すことに成功した。

空には綺麗な月が浮かんでいた。
療養所の外を海へ向かってゆっくり歩く。なるべくゆっくり。
その間、ハナと二人で色々なことを話した。

ハナもアハトもノエマとしての活動期間は短い。普通、活動期間の長い者の方が変化に耐えられず、心を受け入れられないことが多いのだが、開示された情報により、自身の存在意義がわからなくなり、強いショックを受けてしまう者もいる。
場合によっては強い拒否反応を起こす者もいて、ハナもまたノエマ・システムの被害者だった。

夜道を歩きながら昔話をした。

「酷く辛い時、世界が真っ黒に塗り潰されたように思えたんです。どこを見ても何も見えなくて、まさにドン底。歩くことはおろか、立ち上がることすらも難しい。そんな気分でした。そんな時、ある人とした約束だけが頼りだったんです。どこに向かえばいいか分からない闇の中、その人との約束だけが希望で、道標でした。その光を頼りに向かっていたら、いつの間にかもっと明るい光や希望を見つけたんです。」
「もっと明るい光?」
「ええ、あなたたちですよ。あなたたちが、ハナ、あなたが、いつも私を助けてくれてるんです。」
「ハナ、ナナセンセに助けてもらってる。でも助けてないよ?」
「いいえ、ちゃんと助けてくれてます。ハナだけじゃなくてアハトも他の子達も、療養所のみんな。みんなを私が助けると、必ずみんなが私を助けてくれるんです。ほら、今だって暗いのが怖い私をハナが助けてくれてるでしょう?」
「ほんとだ、ハナが助けてる!」

嬉しかったのだろうか、飛び跳ねて歩く後ろ姿が可愛らしい。
そうこうするうち、海に着いた。5年の間に海も見つけてしまった。存外近い所にあったのだ。
夜空に浮かぶ月の光が、波に反射してキラキラと眩しい。

「一緒に見ようって約束もしたんですけどね。」
小さく文句をこぼすと、先を歩いていたハナが振り返りこちらを向く。
「センセ、さみし?」
「こういう夜はどうしても、でも今はハナがいるから寂しくないですよ。」
小さな手が私の服の裾を掴む。
夜の海風は少し肌寒い。私は着ていた上着をハナに被せた。
スンと鼻をすすりあげたハナは、少しキョトンとして上着の胸ポケットに手を伸ばした。
「なんか、ある。」
ハナが取り出したのは、いつかの通信機だった。しまい込んだまま忘れていたらしい。
「ああ、それ。ずっと前のだしもう充電切れてるでしょうけど、通信機ですよ。」
珍しいのか手の中でくるくると回している。カチッと小さな音が聞こえた。
電源ボタンに触れたのだろう、モーターが回り出したのでどうやらまだ電気は残っているようだ。
「なんか、チカチカ光ってる。」
「え?」
ハナが指差すところを見ると通知のランプが点灯していた。

まさか、そんな

慌ててハナから通信機を受け取り通知を確認する。
最初の一年は何度も確認をした。一日に何度も。でも次第に諦めるようになって、確認をする日が一日から、一週間毎、一ヶ月毎と間隔が空くようになった。
最終的にはどこにしまっていたかも忘れていたようなそこに、メッセージが届いているだなんて。

震える手でメッセージを確認する。

画面に浮かぶ一文字。そこには『7』の数字が表示されていた。

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