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ep.12 心というもの

『対管理システム用人工知能第六号機』
それが僕に与えられた最初の役目であり名前だった。
長いわ堅苦しいわ、そのうえ覚えにくいわで、あんまりこの名前は好きではない。
代わりに、あの人がつけてくれた「ユク」という愛称を名乗っている。
「ユク」は数字の六という意味で、あの人の友人の故郷の言葉だそうだ。そのまんますぎて、初めて聞いた時は笑ってしまった。

僕らの、僕の仕事は、都市型運用管理システムノエマの運用停止と破壊である。
捨てられた星で、いつまでも空っぽの世界の上辺だけの管理をさせる訳にはいかないからだ。

ノエマは厳密に言うとロボットではない。
人工的に生み出されたクローンの脳内に、スーパーナノコンピュータを埋め込み、情報処理能力を可能な限りまで向上させ、しかし動作は人間並みに複雑な事も出来るように造られた、言わば改造人間なのだ。

彼らは定期的に与えられる向精神薬で感情を抑えられ、そして自分たちを“ノエマと呼ばれる人工知能でありシステムを管理し人間に奉仕するもの”という思想を植え付けられている。
星を捨てた当時の人間は、クローンを保存し存続すべき生命体として認めなかった。
認める必要がなかったからだ。
なぜなら、クローンであれば幾らでも量産が可能だったから。

その事実に心を痛めた人間が一人。ノエマの生みの親である、とある研究者だった。
彼は元々、脳にスーパーナノコンピュータを埋め込み、人間の情報処理能力を向上させる研究をしていた。
大量生産され、薬で感情を奪ってまでノエマを使い潰すつもりなど一切無く、そして星ごと捨てさせるつもりも毛頭無かった。
しかし、国は彼の技術を失うことを惜しんだ。
嫌がる彼を無理やり宇宙船に乗せ、ノエマ諸共故郷の星を奪ったのだ。

それでも彼は諦めず、どうにかして帰る方法を、ノエマたちを救う方法を探し続けた。
あまりに長い年月が経ったそれは、いつからか彼の技術や思想を受け継いだ研究者の手によって発展していった。
それらの研究の集大成、のうちの一体、第六号機がこの僕である。

“ノエマ”という概念を壊し、彼らを呪縛から解放するのが僕の役目だ。
そのためなら何でもするし、実際してきた。
どんな手段も厭わないし、どんな犠牲だって飲み込んだ。
そうやって今までやってきたのだけど。

ああ、少しだけ、その決心が揺らぎそうだ。


ねえナナ、僕は君に嫌われても構わないんだ。
それで君が救われるなら。

君の酷い日常を壊せるのなら、たとえ憎まれたって構わない筈だったんだけど。
だけど、僕に与えられた“心”というものはなんとも厄介で、君と海をみたい僕が僕の中から消えてくれない。

君一人救えたらそれで、それだけでもう十分なように思えてしまうんだ。

呼吸も、脈拍も、体温さえも作り物の僕だけど、この感情だけは確かであると思っている。

差し出した右手の指の先が、優しく温まって行くのを、僕は感じた。

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