見出し画像

さよならの前の日

明日から国立魔法学校に通う。

寮で使う荷物は昨日フクロウ便で全て送った。
今から準備するのは新学期の最初の授業で使うものたち。

幻銅の鍋に、真鍮の秤。それから魔道参考書をいくつか。
魔除けのハーブと、使い魔の餌は必需品だ。

あと、

かあさまがが刺繍を入れてくださった特別のローブ。
とうさまが獲ってきたユニコーンの角と魔石で作った魔術媒介用の杖。
おばあさまから譲り受けた守護の力を持つ魔法石のブローチ。

みんなからの愛がたくさん込められた贈り物たちだ。

明日、学校の門をくぐれば最低一年間は家に帰ってこれない。
大好きな家族の顔が見れなくなるのは寂しいけれど、新たな冒険が始まる予感に胸が踊る。

同室の子はどんな感じだろうか、クラスメイトは、授業は、先生は。

魔法のことだってもっと知りたい。
それこそ、家族を守れるくらいに強くなりたい。

今、人間たちとの溝が深まるなか、いつ戦争が始まってもおかしくないと大人たちが言っていた。
恐ろしい現実が待ち受けているのだとすれば、それに少しでも立ち向かえる力が、欲しい。

ひとり部屋で息巻いていると、小さく扉がノックされた。
こんな時間に誰だろうか。
扉を開けるとそこにはおばあさまがいた。

何も言わず入ってきたおばあさまは部屋のバルコニーの前まで来て静かにカーテンを開ける。
窓から差し込む月の光が、寂しくおばあさまを照らしていた。

『寂しくなりますね。』

そう言って手を招く。こちらまで来いということだろうか。
一歩前に歩み出ると、その年季の入った手のひらで、優しくほおに触れた。

『学びたいことがあるのは良いことです。あなたの成長を邪魔することは誰にも許されることではありません、けれど、この手から離れていってしまうように感じるのは、幾つになっても変わらないのですね。』

『……お手紙、たくさん書きます!休暇になったら帰ってきます!学校でたくさん頑張っておばあさまの自慢の孫になります!』

シワシワの手を握りしめておばあさまに言うと、優しく微笑んだおばあさまがさらにその手を握り返してくれた。

『迷いなさい。悩みなさい。大切だと思うことこそ考えつくすのです。大人たちが指し示す道が正しいとは限らない。あなたが信じる道を、あなた自身の手で見つければ良いのです。ただ、本当にどこに進めばいいかわからなくなった時に、私たち家族や、周りの大人の言う道を頼るのもいいのですよ。』

おばあさまの言いたいことはあまりよくわからなくて思わず首をかしげると、今度はいたずらっぽく笑っていった。

『何かを成し遂げなくてもいいのです、何者にもなれなくても、あなたはただ私の可愛い孫だと言うことを、両親に愛された子供だと言うことを忘れてはいけませんよ。』

そう言って、小さな、手のひらサイズの本をくれた。
中身は何もない、白紙の本だ。

『いつか、時が来ればわかります。その時まで肌身離さず持っているのですよ。』

そう言っておばあさまは静かに部屋から出ていった。

月の形が変わって、明かりもだいぶ落ち着いた部屋に、ひとり。
明日のことを考えると、胸が踊る。
それと同じくらい不安が胸をよぎるけど、きっと大丈夫。
新しい冒険の始まりが歓迎してくれているはずだから。

使い魔とともにベッドの中に潜り込む。
今はただ、希望だけを胸に。

静かに夢の中へと誘われていった。

この記事が参加している募集

スキしてみて

いつも応援ありがとうございます! 頂いたお代は、公演のための制作費や、活動費、そして私が生きていくための生活費となります!! ぜひ、サポートよろしくお願い致します!