見出し画像

ep.28 終末の星にて、君を待つ。

“あなたの身に危険が起きたときは6を、私の力が必要な場合は7を頭につけてください。”

いつかの約束がフラッシュバックする。
ああ、あなたは本当に、ずるい人だ。

「ナナセンセ、だいじょぶ?」
ハナが心配そうにこちらを見上げる。
「すみませんハナ、ちょっと急用が出来てしまいました。戻ってもいいですか?」
「だいじ?」
「ええ、とても。とっても大事です。」
「じゃあ、急がなきゃだね!」

ハナを抱きかかえ、来た道を走って戻る。療養所についたところでアハトにハナを預け私は自分の部屋に入った。

「ナナ先生があんなに慌ててるの初めて見た……どうしたんだろ?」
「だいじなの。ナナセンセのだいじ。見つかったの。」
「……そっか。」

子どもたちのそんな会話が私の耳に入ることはなかった。

パソコンを立ち上げ通信機と接続する。
何か、何か手がかりはないか。
メッセージの送信元へ繋がる手がかりを手当たり次第、探し周った。
すると、まるで導かれるようにしていくつかの痕跡から一つのデータを発見した。
(いつかと同じ……。あの時は近付くにつれ絶望したけど、今は希望の光が大きくなっているよう。)

見つけたデータは一件の音声ファイルだった。

『あ、あー、聞こえる?えと、ハローハロー、……これちゃんと撮れてるかな。』

中から聞こえてきたのは、懐かしい声だった。


『あー、えーっと。その、なんて言うか、ごめん。これはすんなり行かなかった時用に、僕がちゃんと頑張ったって言う証拠を残すための記録です。あはは。
……本当にごめん、ナナ。現時点で、ボディ含め、まるっとそのまま戻ることは不可能です。なんか落っこちちゃって最悪だよね、ごめん。あ、でも、帰ることを諦めてはいないからね!今は、スカスカの電波ようやく繋げて、どうにかこうにか僕のバックアップデータをアップロードしてるとこ。環境が酷すぎて、バラバラに圧縮かけてるから、全部揃ってたとしても完全な復元は難しいと思う。けど!ここはナナ、君を信じて全部丸投げすることにした!本来、僕自身の役目はここで終わりなんだ、だからこの後は僕の好きなようにしてよくて、なら、約束は絶対に守らなきゃなんだよ、僕のためにも。でも、ちょっと僕一人の力じゃ難しそうなので、ヘルプ、です。いつか君が言ってたあれ、まだ有効かな?有効だといいな。
待たせてごめん。もうちょっとだけ、待っててね。』

視界が滲んでいくのが分かった。だけど、この感情が嬉しいのか、悲しいのか、悔しいのか、腹立たしいのか、私にさえもわからなかった。

最初の一年は不安だった。どうにか無事でいて欲しかった。早く会いたかった。
次の年は腹立たしかった。本当はとっくに逃げ出して、どこか別の星にでも行ってしまったのではないかと思った。
次第に、もし、今もまだ戦っていたとしたら、ユクに何も出来ない自分が歯痒くて苦しくて、寂しかった。

それでも、ユクを待ち続けたのは、あの約束が私を奮い立たせるたった一つのよすがだったからだ。
5年という月日は、あっという間だった。けれども、誰かを待ち焦がれるには、あまりにも長い時間だった。

「もう、待ちません。」

掠れた声は、それでも強い意思を灯していた。

「どこに向かうべきか分かったんです。もう、あなたの帰りを悠長に待ってなんてあげません。追いかけ回して首根っこ掴んで私の文句、聞いてもらうんですから。」

涙を拭い、電子の海へ大雑把に投げ出されたユクの欠片を、片っぱしから掻き集めた。

集めたそれを、一つ一つ、丁寧に並べ替えていく。

飄々として、つかみ所のないユク。私を振り回して楽しそうに笑うユク。いつも、本当に大事なことは教えてくれないユク。どこか遠くを見て悲しげに笑うユク。
私を頑固と言うけれど、あなただって相当な自覚ありますか?
あなたが人間だろうがなかろうが、私に心を与えてくれたのは、他でもないあなただって分かってますか?

バラバラになったデータ。これはユクの記憶の欠片。ユクを形作ったもの、ユクだった、もの。

ユクにとって、私を変化させたのは大したことじゃない。どころかきっと、意図すらしてない。
ユクと出会って、私が勝手に変わって、助けられて、救われて道標にしただけ。
だから今もまた、私が勝手をしているだけ。私が勝手に、あなたに会いたくて、たまらないだけ。

再起動を押す手が震えていることに気が付いて、一度止まる。
深く、深く深呼吸をする。

大丈夫、絶対に大丈夫だから。何があってもきっと、大丈夫だ。

乾いた手のひらを強く握りしめ、緩める。
もう一度手を伸ばし、再起動のボタンを押した。

ローディングの時間が永遠のように感じる。
ポーン、と言う起動音に顔を上げた。画面を挟んだ向こう側に、彼はいた。

「初めまして、僕はユク。あなたのお名前を教えてください。」
ああ、懐かしい声だ。ちょっと畏まっているのは本来そう言う仕様だったんだろう。

ユクのデータの復元は、30%ほどしか行えなかった。

「お久しぶりです、ユク。私はナナ。あなたの帰りをずっと待っていました。」

「データが破損しています。私のことを知っているのですか?」

画面にそっと手を伸ばす。届かないけれど、確かに感じる。

「聞いて、欲しいことがたくさんあります。それはもうたくさん。なんてったて5年分ですから。私を待たせたお代は高いんです。行きたいことも、やりたいことも、全部付き合ってもらいますから。」

「ぜひ、お聞かせください。……どこか痛い所があるのですか?」
「え?」
「涙が、どこか痛いのですか?」

言われてようやく、自分がまた涙していたことに気付く。もう出し切った筈なのに、おかしな程こぼれ落ちるそれは止められない。

「嬉しくて、痛くはありません。ただ、あなたにまた会えたのが嬉しくて。」
「嬉しいと泣いてしまうのですか。」
「ええ、そう言うものです。」

もう一度涙を拭う。
「会いたかった、ずっと会いたかった。ありがとう、約束を守ってくれて。本当にありがとう。」
キョトンとするユクに精一杯の笑顔を見せる。
「すみません、該当データが見つかりません。」
少し困ったような顔でユクが答える。
「謝らなくていいんです、ただ、私が勝手にありがとうを言いたいだけ。
帰ってきてくれてありがとう。私たちのためにありがとう。ユク、大好きですよ。」

沢山の感情が押し寄せて洪水さながら、もうぐちゃぐちゃである。タオルを取ろうと席を立ち、後ろ向いていると、画面から何かが聞こえた。

私は、タオルに埋めた顔を上げることができなかった。


声が、
聞こえた。



「待っててくれてありがとう。ただいま、ナナ。」

そっと顔を上げる。後ろを向いたまま、そういえば一番言いたかった言葉を言い忘れていたのを思い出した。




「おかえりなさい、ユク。」






                                   end.

いつも応援ありがとうございます! 頂いたお代は、公演のための制作費や、活動費、そして私が生きていくための生活費となります!! ぜひ、サポートよろしくお願い致します!