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曼珠沙華といつかの夢

曼珠沙華の工芸茶を飲んだことがある。
いつだったか、東洋の秘境を訪れた時、とある村の人々に振舞ってもらった。

当時は曼珠沙華がどういうものだとか、あんまり詳しく分かっていなかったから何も疑わずに飲んでしまったのだけど、もし君が振舞われたのなら気をつけたほうがいい。
大きな硝子でできた急須に、茶色い蕾を落とし、お湯をゆっくりとそそぐ。
すると、じんわりと透明に色が染み出して、それと同時に蕾が静かに花ひらく。
くすんだ蕾からは想像もできないほどに鮮やかな赤い花が咲き乱れ、その光景は神秘的ですらあった。
その香りも鮮烈で華やか、噎せ返る程に甘い香りが鼻腔を満たす。
柔らかな渋みと深い味わい、鼻に抜ける甘い香りが中毒的でなんとも強烈だった。
けれど驚くべきは見た目でも、香りでも味でもない。

曼珠沙華の花がなんと呼ばれるか君は知ってる?
色々と沢山、それこそ山のように別名があるのだけどそうだね、有名どころでいうと「墓花」とか「死人花」、「幽霊花」とかがあって。
まあとにかく不吉な花なんだよね、本来は。
その根に強い毒性を持つ曼珠沙華がどうして客人をもてなす為に出されるお茶になっていたかというと、僕が訪れた東洋の秘境の村の信仰に答えがあった。

彼らは幽霊を信仰していたんだ。死んで幽霊になって化けて出ることが出来ればその魂は報われ、また幽霊を見ることが出来るものは徳の高いものとして崇められていた。
そしてその力を高めることが出来る神聖な飲み物として、曼珠沙華の工芸茶は作られていた。

さっきも言ったけど、曼珠沙華の根には強い毒がある。
昔は毒抜きをして食べていた地域もあるみたいだけど、そこではその毒ごとお茶にする。
葉と、花びらと、根をそれぞれ別の手段で焙煎し乾かすと、根の毒性が変化する。
その変化した毒は体内に取り込むととある幻覚作用をもたらすようになる。

死んだ人の幻覚を見るのだ。
かつて失った大切な人が、目の前に現れて微笑んだり小言を言ったり何かを赦してくれるのだ。

幽霊を信仰する人々にとって、そのお茶がどれほど大切なものかわかるだろう?
だから、わざわざ遠方からやってきた見ず知らずの旅人にそんな大切なお茶を振舞ってくれたあの村の人たちは、親切で情の深い人たちなんだと思う。

ああでも、残念なことに僕は幽霊の幻覚を見ることが出来ずにただ曼珠沙華の毒でお腹を壊してしまってね。その時はちょっと悪いことをした心持ちだったよ。

うん、そうなんだよ。こんなにもはっきりと幽霊が見える癖して、幽霊の幻覚は終ぞ見ることが出来なかったんだ。
何をそんなに笑うところがあると言うんだい。
え? 僕に大切な人がいなかったんじゃないかって?
酷いなあ、でも、確かにそれは一理あるね。

さて、これで百個目の昔話が終了した訳なのだけれど。
どうだい? 少しは成仏する気になった?

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