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金のたまご

“金色のたまごを温めると、中から魔法使いが生まれてくる。
魔法使いは初めて見たその人を親と思いとてもよく慕う。
親の言うことはなんでも聞く。
例えばそれが、世界を滅ぼす恐ろしい願いだとしても。”

昔から、伝え聞くおとぎ話。
小さな子供は信じていて、大きな大人は作り話だと笑う。
だけど、僕は今、あながち作り話じゃなかったんだと思っている。

だってお祭りの出店で買った金のたまご。
何とは無しに温めてみたら、おとといの晩ついに孵った。

黒の髪、金の瞳
手のひらサイズの魔法使い。
僕だけの命
僕だけの、魔法使い。

彼は言った。

“はじめまして、ねがいごとはありますか?”

世界を滅ぼす力を持っているとは到底思えないつぶらな瞳に、僕はにっこりと笑いかけた。

「はじめまして、僕だけの魔法使い。生まれてきてくれてありがとう。願い事は、まだもう少し待っておくれ。」

僕は魔法使いに色々なことを教えた。
太陽がどこから登ってきてどこへ帰るのかだとか、美味しい木の実の見分け方だとか、市場での買い物の仕方なんかを。

何か一つ教えるたびに、どんどん大きくなる魔法使い。

いつしか僕の背丈なんてあっという間に追い越して、いつの間にか僕に物事を教えてくれるようになったのだった。

西の国では干ばつが酷く、小麦の値段が上がるだろうとか。
東の部族が反乱を起こして捕まっただとか。

その度に、魔法使いは金の瞳に不安の色を浮かべて聞いてくる。

“何か願い事はありますか?”

だけど僕はその度に少し困ってしまう。
だってなんとも思いつかない。

ああ、だって僕は、君が僕の手のひらからこちらを見た時に、全部の願い事が叶ってしまったようなものだから。

少しずつ、食料が値上がりしていって、少しずつ渡れる国が減っていって、
気づけばいつの間にか夜はおろか気軽に出歩けない日々がやってきた。

それでも僕らは呑気なもんだ。
二人でアフタヌーンティーを嗜んだりして。

魔法使いは——実のところもうとっくに魔法使いなんて呼び方はやめて、ベガと呼んでいるのだけれど——ベガは、時折外が騒がしくなる度に、何か言いたげな目でこちらを見つめてくるが、僕が何も願わないと分かっているので、諦めたように溜息をついて、紅茶を一口啜るのだった。

喧騒だか騒音だかが酷くなったある日、ベガは言った。

“旅をしましょう。”

どうしてなんて言わなかった。長年住んでいて良いところだったけれど、最近は煩くておちおち寝てもいられないほどだったからだ。

たまごから孵った魔法使いは、主人の願いをその不思議な力で叶えてくれるけど、別に自分のために魔法が使えないわけじゃない。
一緒にいれば守ってくれるから安心だ。

どこか、静かなところへ行きましょう。
そういって僕の手を引いて歩くベガ。
僕ら二人は度に出た。

ガラスの森を抜け、砂の海を渡り、光の荒野を走った。

何年も何年も、何かから逃げるように、旅をし続けた。

世界にたった、二人きり。
僕は本当はもっと色んな人と触れ合って欲しかったけど、もう十分だと言われてしまった。

ベガは、ある程度大きくなったら、それ以上年を取らなくなったけれど、僕は普通に人間だから、あれよあれよと言う間に、走れなくなり、歩けなくなり、最後にはとうとう起きれなくなった。

誰も知らない山の奥、ベガが建ててくれた小屋の中で、僕は微睡みの中ベガに語った。

「僕の知ってるおとぎ話には続きがあって、願いを叶えた魔法使いは、力を使い切ると灰になるまで燃え尽きて、その灰の中からまた金のたまごが出てくるんだって。
……ねえ、僕はどんな願いよりもただ、独りでいるのが嫌なだけだったんだ。」

ベガは呆れたように小さく笑い、僕の手を取り答えてくれた。

「そんなの、もうずっと前から知っていますよ。」

僕は、少しだけ驚いて、でもやっぱりそうかと納得した。

「これは、魔法使いが最初から知っていることですけど、主人の願いを叶えられなかった魔法使いは、灰色の卵になって、主人が生まれ変わるのを待ち続けるんです。生まれ変わった主人が新たに願いを望むまで、魔法使いは永遠にそのこと忘れられないのです。」

僕の左手が、ぎゅっと握られる。

「だから、もうあなたは何も願わないでください。このままで良いから、いつかまた巡り合ってください。その時にあなたの願いを叶えますから。」

右手をベガの頭に伸ばす。
もたつきながらも頭を撫でる。
いつか出会ったばかりの時にしたように、黒い艶やかな髪を優しく撫でる。

「願い事なら、もう叶ってるよ。」

なんだか急に眠くなって、瞼を開けるのも億劫になった。

つま先から感覚がすっと引いていくような、独特の浮遊感の中、

遠くから声が聞こえた、


ような、気がした。





ガラスの森を抜け、砂の海を渡り、光の荒野を走った先の誰も知らない山の奥、朽ち果てた廃墟の中に、灰色のたまごが見つかった。

誰が温めても孵る事の無いそのたまごは、博物館に飾られて、今日もあの人との出会いを待ちわびている。

いつか出会えるその日まで。

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