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ep.19 さよならのその前に

「だから行きましょう、外へ、二人きりで!」

そう言って手を差し伸べるナナの顔は、見たことのない満面の笑みだった。
ナナが心を、感情を取り戻せたことは、心の底から嬉しく思う。

だけど。

「ありがとうナナ。でも僕はまだここを出るわけにはいかないんだ。」

だからこそ、嬉しいからこそ、その手を取ることは出来なかった。

「どうして!」

ナナと出会ったことで、僕にも変化が訪れた。
ただ命令を受けて行動していた時よりも強く作戦を成功させたいと思ったし、同じくらいそんなの放り出してどこかへ行ってしまいたい気持ちになった。

実は、僕の感情や思考のベースには、ノエマを作った研究者のそれが使われている。
だからなのか、やっぱりナナの気持ちよりもノエマを解放したいという気持ちが強く優先されてしまう。

ねえ、ナナ、そんな顔をしないでおくれよ。
そっとナナの頬に触れる。

「明日、強制情報開示コードを使う時、僕とマザーノエマが接続される。その瞬間が最初で最後のチャンスなんだ。君を、君たちを、長い呪縛から解き放つことのできる最後の。」

「そんなの、誰が願ったって言うんです。」

「僕が、あの人が望んだことさ。悲願なんだ。」

「マザーノエマと繋がって、あなたはどうなるんです?無事だっていう保証はないでしょう?」

ナナの叫びに、何も答えられず、僕はただ曖昧に微笑むことしか出来なかった。

「ダメ、そんなの、絶対にダメ、イヤです!」
何かを察したのか酷く狼狽える。
だけど、もう引くことは出来ない。引きたくない。

君たちの為。何より、自分の為に。

「あなたが何を考えてるのか知らないですけど、私があなたがいなくなった後の世界で幸せになれると本気で思ってるんですか!」
なれるよ、ナナ。君なら僕なんかいなくても絶対大丈夫だ。

「勝手に格好つけて一人でどうにかしようとしないでくださいよ!AIなのにそんなことも分かんないんですか!馬鹿AI!馬鹿ユク!!馬鹿!馬鹿!!」


ナナが大きな声で叫び回ったせいなのか、部屋のロックがかかり、アラーム音が鳴り響く。
部屋に警備隊がなだれ込んできて、泣き喚くナナを僕から引き剥がしていく。

ごめん。ナナ。君に嫌われたっていい。憎まれたって構わない。それでも僕は君をこの環境から剥がしたかったんだ。

ナナは最後に、ありったけ息を吸い込んで叫んだ。

「海に!!海に行きましょう!前に話したでしょう?私に海を見せてくれるって!待ってますから、ずっと、あなたが来るまで、一人でずっと、待ち続けてますから!!!二人で海を見るのを、ずっと、ずっと待ってますから!!!」

警備隊の背中に阻まれ、どんな顔をしていたか最後まで見ることは出来なかったけれど、確かに強い意志が込められていた。

「困ったなあ……。」
一人取り残された部屋で声が溢れる。

「あの調子じゃ、本当に僕が行くまで梃子でも動かなそうじゃないか。」
友人の意外な一面に苦笑を漏らす。

最期に君に出会えて僕は、本当に幸せだったよ。

バイバイ、ナナ。元気でね。

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