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ep.25 約束

「ふざけるな!離せ!!誰が要求を受け入れるものか!!」

喚き散らすエレンを連れたノエマ達は、崩壊の進む最中、瓦礫の影へと消えていった。

「ユク!」
私はユクの元へと駆け寄り、彼に繋がっていたコードを乱暴に取り外した。
「早くこんなとこから出ましょう。危険ですし、あなたには言いたいことが山程あるんです。」
一本、また一本と外しながら早口に言う。ユクの言葉を聞くのがなんだか少し怖かった。

「ナナ」
「あ、通信器。あれつい充電しちゃうんですよね、毎日。連絡なんて来る訳ないのに。馬鹿ですよね、本当。」
「ナナ。」
左手からユクの視線は感じるが、顔を向けることが出来ない。聞きたくない話が始まりそうで、別れを告げられそうで、それはきっと勘違いなどではなくて。それがたまらなく嫌で、怖かった。

「ナナ、ありがとう。もう大丈夫。心配かけてごめん、怖い思いさせてごめん。それと、僕、もう行かなくちゃ。」
「行きます、私も。一緒に行きます。」
間髪入れずに返したけれど、ユクは静かに頭を横へ振った。
「言ったろ?僕は僕のすべき事をするんだ。」
「私は邪魔ですか?私の力は不必要ですか?」
「ああ、今から僕のやることに関して、君は足手まといになるだろう。」
「で、でも!」
「君には、君にしか出来ない事を頼みたいんだ。」
ユクに置いていかれたら私はまた独りになるし、それ以上に私の為に、ユクが自分を犠牲にしているように感じて、それが苦しかった。
「君達はマザー・システムに干渉出来ない。そうプログラムされているからね。マザー・システムの停止は、マザーの影響を受けない僕にしか出来ないことだ。君には、これから大きな変化に巻き込まれるノエマたちを助けてほしいんだ。」
「他の、ノエマ達を?」
「ああ、これからこの星は大混乱に陥るだろう。その時、先陣を切ってノエマ達をまとめ上げてやってくれ。大事な支柱を失った彼らの最初に寄り添う友になってくれ。これは、君にしか出来ない事だ。」
でも、と反論したかったが、何も返せなかった。私たちノエマに組み込まれた防衛プログラムは、大元であるマザー・ノエマにも及ぶ。
許可を得ていないノエマは、干渉は愚か近づくことすら出来ないのだ。
そんなシステムに唯一対抗できるものなど、ユク以外に存在しない。

「頭では、理解できます。私の言ってる事が我儘だと。だけど、ここで別れてもう二度と会えなかったら?私はどうやって生きていけばいいんですか?あなた以外誰と、鮮やかな景色を共有すればいいんですか?嫌です。また独りになるのは嫌。」
「ナナ、僕は死にに行くつもりじゃない。」
ユクの声が優しく振ってくる。
「ここで死ぬ訳にはいかない。そんなつもり、毛頭ないよ。だけどさ、自分にしか出来ない事があると知っているのに何もせずに帰って来られるほど自分の命が惜しい訳でもなくてさ。
今ここで引き返してしまったら、僕にしか出来ないことから目を背けたら、それはきっと僕にとっては死んだも同然のこととなるんだよ。
正直、大事なのはシステムを停止させた後の対処の方が大切だ。君にばかり任せていては格好悪いだろ?だから、必ず帰ってくるから。
先に行って僕を待っててよ。」
そう言ってユクは私の手を取る。
優しくて暖かい手のひらだ。

「ナナ、約束をしよう。」
「…約束、ですか?」
「そう、約束。前みたいな一方的なやつじゃなくて、ちゃんとした約束を。」
「ちゃんとした約束……。」
私の右手の小指を、ユクの右手の小指で引っ掛けられる。
「指切りげんまん、知ってるだろ?」
私は恐る恐る頷いた。

「ナナ、君が僕の帰る理由になって。何があっても帰ってくるから。だから、待ってて。これを僕らの本当の約束にして?」

視界がぼやける。目頭がツンとして頬から、顎の先から雫がぼたぼたと溢れ落ちる。止めたいのに止められない。
「私なんかに任せて、後悔したって知らないんですから。」
「うん。」
「あんまり時間がかかったらもう待ってないかもしれないですよ?」
「うん。」
「仕方ないですね。約束ですよ、今度こそ必ず。守ってくださいね。じゃなきゃ許さないんですから。」
「うん、約束。」


口で交わした、なんの確約も制約もない約束。
それでも私は信じてみる事にした。
ユクに見送られ、最深部から抜けて地上へと出る。
そのままレジスタンスの仲間に連れられて拠点へと向かった。
途沢山聴こえてきた爆撃音の半数はフェイクで、被害も最小限に抑えられるよう計算されていたという話を聞いた。衝撃で倒れていた他のノエマ達も救出され別の拠点へと連れられたそうだ。
それを教えてくれたのが先ほどエレンと言葉を交わしていたノエマだ。
彼はシエテ。レジスタンスのリーダーだ。これから私と共に他のノエマを助ける為の活動をしていく。
全員が塔から離脱したタイミングで、中央管理塔が爆破された。それはもう、粉々であった。
爆音轟く砂塵の中で、私は“約束”を胸に刻んだ。
絶対にまた会えると信じて。

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