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【ミステリーレビュー】すべてがFになる/森博嗣(1996)

すべてがFになる/森博嗣

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工学博士としても知られる森博嗣のデビュー作。

工学部の助教授である犀川創平と、教え子である大学1年生・西之園萌絵によるS&Mシリーズの1冊目。
もともとは5部作の4冊目の前提で書かれたようだが、インパクトのある本作をデビュー作に、という編集部の意向から1冊目に変更されたとのこと。
メディアミックスも積極的に行われ、ゲーム化からはじまり、ドラマにアニメも制作されている。
ドラマは2014年、アニメは2015年に放送されているので、既に四半世紀前の作品であるにも関わらず、古典と呼ぶには違和感があるほど古臭く感じないのは、そのせいもあるだろう。

優秀な研究者を揃える真賀田研究所は、孤島である妃真加島を私有地として買い取り、独自のライフラインを構築していた。
天才・真賀田四季博士に興味を持つ犀川へのアピールとして、お嬢様である萌絵は、コネを使って妃真加島でのゼミキャンプを提案。
キャンプを抜け出して研究所に訪れていた犀川と萌絵は、制御システムが暴走する中、手足を切断された状態でウェディングドレスを着せられた真賀田四季の死体が、配送ロボットに固定されて歩いてくるという異常な光景を目撃してしまう。
工学博士らしい、デジタルな設定を巧みに用いながら、孤島での猟奇殺人というアナログなおどろおどろしさも演出しているのが、なんとも新鮮。
このアンバランスさが、本作の世界観を形作っていると言っても過言ではないのである。

この時点でシリーズ化が前提となっており、犀川と萌絵の関係性も丁寧に描く必要があるため、序盤は多少我慢が必要。
台詞の途中に地の文を差し込む書き癖があるようで、キャラクターを掴み切っていない中で展開される冒頭での萌絵と四季の面会シーンは、どちらが話しているのか掴みにくかった。
中盤以降も、読者視点では調査が前身している感覚がそこまで感じられず、なかなかテンポアップしていかないのが気にはなったが、描写は丁寧で読みやすい。
VR環境の中での謎解きというのも、それが誰かわからない状態で犯人と対峙することになるため、ギミックとしては面白かったのでは。

なお、ミステリーのレビューとしては脇道に逸れることになるのだが、2021年に本作を読んで驚いたのが、著者の先見性。
1996年と言えば、まだインターネットの黎明期で、電子メールすらハードルが高かった時代だ。
しかし、ここで描かれている真賀田研究所のスタイルは、基本的に自室で好きなタイミングで業務に取り組むことができ、会話は原則チャット、どうしても直接顔を見て意見を聞きたいときにはWEB会議を行うというリモートワーク仕様。
顔認証や指紋認証で入館や入室を管理しており、研究所内の電子機器は、サブシステム"デボラ"に呼び掛けて指示をすれば大方稼働できる。
1996年を生きる萌絵は、このシステムに人間味を感じないと抵抗を持ったようだが、2021年に生きる我々は、むしろスマホが登場しないことに違和感を持ってしまうぐらい、自然に受け入れてしまえるのではなかろうか。
あまりに洗練された"理想の環境"の描写は、今更読んだからこそ味わえる衝撃であった。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


天才の考えることはわからない。
なんだか、それに尽きるなと。

犯人が誰か、については作中のヒントから答えが導き出せるようになっている。
あれだけ国枝女史にかかる前フリをしていれば、儀同世津子がやってきたくだりで、まんまと逃げおおせたところまで理解できただろう。
むしろ難しかったのは、それであれば死体は誰か、である。
主要人物であるはずなのに、物語にほとんど絡んでこない真賀田未来と入れ替わったと考えるのがセオリーだが、時系列を踏まえると、どうしても死亡推定時刻との齟齬が発生してしまうのだ。
ミチルの存在のヒントが、鍵の開け閉めロボットだけというのは、ややアンフェアな気がしないでもない。

完全にアンフェアなのは、動機の部分。
説明を聞いても理解できない。
いや、理屈はわかるのだが、"天才はそう考えてもおかしくない"と強引に押し切られてしまった感があり、「すべてがFになる」というワードから推察しろというのは、あまりに無謀すぎる。
目的が施設からの脱出であれば、わざわざ死体を作らなくても、システム暴走のタイミングで、目を奪う何かをロボットに乗せて走らせれば、同じトリックで逃げ出すことはできたはずだ。
新藤所長の行動原理や、殺害動機も、なんだかふわっとした解説で終わってしまった。

ウェディングドレスを着せた理由も、よくわからず。
トリック成功ために目立つ格好にする必要があったからか、切断面を少しでも隠しておきたかったのか。
犀川でも見つけられた制御システムのエラー箇所についても、主任である水谷はどうしても見落としてしまったのだろう。
仮に気付いていたら、山根のように殺されていたのだろうか。
探偵役も学者、犯人も学者、コンテクストが高すぎる種明かしは、いくつかの謎を煙に巻いた部分は否めず、文章同様、解説も丁寧だったらもっと良かったのに。

いずれにしても、天才との因縁が出来てしまったわけで。
後追いもいいところだが、続編を読むのが楽しみである。

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