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【名盤レビュー】自作自演デモ / アマミツゝキ(2020)

自作自演デモ / アマミツゝキ

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ex-東京ミカエル。のVo.眞田一航によるソロプロジェクト、アマミツゝキの1stミニアルバム。

胸に刺さる歌モノ、雰囲気モノを得意としていた東京ミカエル。は、今もなお根強い人気を維持している。一方で、そのフロントマンであった彼が長い間表舞台に登場しなかったこともあり、徐々に語られる機会が減っていたのも事実だろう。
いつかは、あの瑞々しい音楽も風化してしまうのかな、と寂しく思っていた2020年、9年ぶりの音楽活動再開を発表。待たされた分、解き放たれる楽曲への期待値は相当に高くなっていたのだが、それでも、間違いなく名盤だと言い切れるのが本作なのである。

会場限定盤と配信版の2種類でのリリース。それぞれ、5曲中2曲を差し替え。その他の楽曲も曲順が入れ替えられており、聴き比べることで同じ曲でも違った響き方をしてくるのが面白い。
ただし、リリースされたのがコロナ禍で有観客ライブの締め付けがもっとも厳しかったタイミング。誰でも聴ける配信版に対して会場限定盤は入手が難しく、通販が解禁されても瞬時に予定枚数に達してしまうという状況となっていた。サブスクリプションサービスで聴くのが一般的になった時代において、CD現物へのニーズが高まるというのも皮肉ではあるが、意地悪と捉えるべきか、サービス精神旺盛と捉えるべきかが悩ましい、この2種類に分けた仕様さまさまなのだろう。

本作は、ヴォーカルは当然ながら、ギターもベースもドラムの打ち込みも、すべて眞田一航本人が担当。「自作自演デモ」というタイトルには、楽曲制作においてのすべてをセルフプロデュースで実行したという意味合いがある。
アレンジについてはシンプルに仕上げている感はあるが、ここはむしろ、ピュアであると言い換えておこう。切なさを駆り立てる言葉の選び方や、すっと心に響く純朴なメロディなど、彼の音楽性や強みを考えれば、素直さこそ魅力なのである。"デモ"の形が、完成形。不思議なアルバムだな、と。

<配信版>

企画イベントがコロナ禍で延期になったため、実質的に配信版が先行リリース的な扱いとなった。「だめだこりゃ」と「うそ、うそ。」は、こちらにしか収録されていないので、現物派でも聴かない手はないのである。

1. だめだこりゃ

ザクザクと刻むコード感を重視したギターのリフが印象的な、ロック色の強いナンバー。歌詞にも遊び心が見られ、今思えば、アマミツゝキとしては邪道だったのかもしれないな。
とはいえ、変化球を1球目に投げてくるのも彼らしい。勢いをつけてアルバムをスタートするのは、言ってしまえばセオリー通り。ただし、彼がやることで一癖あるぞ、と思わせてしまうのがズルいというか、何というか。コアなファンはニヤリとさせられるだろうし、サブスクで聴いた新規ファンはハッとさせられること請け合いである。

2. 95センチ

そう、そう。これを待っていた。切なさを詰め込んだ歌詞を、素朴な美しさを持ったメロディにより歌い上げる。淡々と紡がれるサビは、感情を抑えているように聴こえるからこそエモーショナルなのである。
堪え切れない感情を、盛り上がりを見せる間奏のギターや、終盤で力強さを増すドラムのフレーズに投影しているのも気が利いているな。

3. うそ、うそ。

そう、そう!と高まった次に待っていたのは「うそ、うそ。」
見透かしたような曲順であるが、アルバムとしての流れも絶妙で、こちらはヴォーカリゼーションでも感情の起伏を爆発させていた。一言で歌モノ、あるいはミディアムバラードと表現しても、こうも特性が異なるのか。
心の赴くままに、といった初期衝動が垣間見え、飾り気のないシンプルさが、すっと胸の内に入り込んでくるのである。

4. ホルムアルデヒド

ベースラインからスタートする、彼なりのダークさがうかがえる1曲。
擦り切れた大人の雰囲気と、どこか祭囃子のようなサビのメロディやリズムが、ミスマッチで癖になる。ファルセットを多用して浮遊感を生み出しているのもポイントで、シリアスとコミカルの間を行ったり来たりするこの楽曲を、更にカオティックに演出していた。

5. ロックに殺された

ラストは、期待と不安に揺れる葛藤をストレートに表現したメッセージソング。音楽が持つ悩みや迷いを吹き飛ばしてしまうパワーを、爽快感のあるリズムや、青臭くも耳馴染みの良いメロディで表現していて、プリミティブなバンドサウンドで音を鳴らす気持ち良さを疑似体験しているかのよう。
一番のキラーチューンを、ここに持って来たか!と納得せざるを得ないセンチメンタリズムとロマンティシズムの集合体。


<会場限定盤>

どちらかと言えば、こちらがメインという位置づけなのかな。トリッキーな配信版に対して、王道的な曲順になっているのでは。
「あおく燃える」と「シーラカンスは夢を見る」は、会場限定盤のみに収録されている。

1. あおく燃える

清涼感のあるシンセのフレーズと、疾走するドラムによってスタートダッシュを決める、ど真ん中の一航節。1曲目の差し替えだけでも十分に効果があったのでは、と思えるほどに違った景色を見せてくれていた。
結果的に、多くのリスナーが配信版を先に耳にすることになったのだが、こちらを最初に聴いていたら、9年ぶりに止まっていた時計の針が動き出すカタルシスが、いっそう鮮やかなものになっていたのだろうな。もっとも、待ちに待った、という感覚が強まったのは怪我の功名。後から聴いて色褪せるものではないことを証明していたのかと。

2. ホルムアルデヒド

2曲目に収録されることで、ノリの良さが強調された印象。ライブ会場で販売するという前提があるからか、聴かせる、よりもライブ感を意識した構成になっているのかな。

3. 95センチ

切ない歌モノを、ロックチューンの緩衝材的なアクセントに。どっぷりバラードパートに浸かっていく配信版での「うそ、うそ。」への繋ぎも絶妙だったが、「ロックに殺された」への橋渡しとしても、こうも機能するのかと驚かされる。

4. ロックに殺された

1曲、ミディアムバラードを挟んだとはいえ、ここにアップテンポの疾走チューンを配置することで、勢いを持った衝動性の高い作品、というイメージを与えている。配信版ではラストを飾ったナンバーを、盛り上がりの決定打に使うという贅沢さも手伝って、クライマックスに向けた最高潮を演出していた。

5. シーラカンスは夢を見る

クロージングとなるパワーバラード。メロディの良さに特化していて、歌にも演奏にも強い想いが込められていることは、歌詞を読まずとも、耳から入ってくる音の粒だけで想像ができる。
会場限定盤と配信版で差し替えられたのは、勢いを示すロックチューンと、広義の意味での歌モノで、単純な差し替えでも十分に成立させることはできたのだろう。だが、この「シーラカンスは夢を見る」の存在感があったことにより、曲順を入れ替えることで、作品の印象をガラリと変えてしまうという選択肢が取り得たのでは。


どちらが良い、ということではなく、どちらも良い。
1枚になっていれば、もっと良いものになるかというと、曲のバランス的にそうでもないから難しいし、面白いのである。
なお、作詞は"在りし日のセンチメンタルさん"、作曲は"一瞬の爆発さん"とのクレジット表記。歌詞カードの細かい点に気を配って見ることで、深みにハマってみるのも一興ではないだろうか。

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