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【ミステリーレビュー】消滅 - VANISHING POINT-/恩田陸(2015)

消滅 - VANISHING POINT-/恩田陸

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新聞での連載小説であった、恩田陸の長編ミステリー。

500頁にも及ぶ長編で、文庫本では上巻、下巻に分けて刊行。
テロリスト探しに、AIロボットやサイバーテロなどのSF要素を織り交ぜた密室劇である。
エピローグを除き、すべて、空港の中、しかも入国審査前の"どこの国にも属していない場所"での出来事。
巨大台風が近づき他の空港利用者や職員は退避、大規模な通信障害も起こっているため外部との連絡は遮断、という状況下で、入国審査で止められて別室に隔離されていた11人と1匹が、この中にいるはずのテロリストを推理していくという概要なのだが、なんとも大胆なクローズドサークルの設定に驚かされた。

明確な主人公は存在せず、複数人の主観が入れ替わっていくスタイル。
主観が誰かによって名前とニックネームが混在するので、今は誰が喋っていて、誰が行動しているのかを理解するには、慣れが必要。
(最初、"ごま塩頭"が幹柾とわからなかった。)
登場人物の自己紹介的な本題に入る前のエピソードが200頁ほど続くなど、物語が動き出すまで時間がかかりすぎた印象ではあるも、キャラ付けがないと混乱するのも事実で、止むを得ずだろうか。
主観になる人間もいれば、ならない人間もいるため、よほどの叙述トリックでもなければテロリストは"主観にならない人間"に絞られるものだが、序盤にて、無自覚でテロリストに加担している人間がいるのでは、という仮説を議論するシーンを挟むことによって、"主観になる人間"を容疑者から外させなかった構成は見事だったかと。

もうひとつ特徴なのが、仕切り役がAIロボットであること。
ロボットに性格はあるのか、感情はあるのか、などの疑念が生まれるほどの人間らしさを見せる"キャスリン"は、作中の世界観でも、十分にオーバーテクノロジー。
だからこそ、登場人物たちは彼女を無条件に信頼することができず、裏に司令塔がいるのか、彼女がハックされテロ行為を行っているのではないか等、機械故のハイスペックにより、疑われたりもするのが面白い。
彼女がいることで、バイオテロの可能性を示唆できたり、何気に高い攻撃力によって、抑止にもなっていて、生身の人間だけで構成しようとすると無理が出てしまう本作の舞台設定を可能にした張本人なのだ。
本作の魅力は、兎にも角にも彼女に詰まっていると言えるのかもしれない。

新聞小説という媒体上の制約もあってか、クライマックスシーンに入ってからの展開が速すぎたのが、少しもったいない。
説明を端折りすぎている感もあり、ブラフだったのか伏線だったのか、吟味されないまま終わってしまったファクターも多く残っている。
とはいえ、場面転換が極めて少ない密室劇において、頁数の多さを意識させない読ませるセンスはさすがであり、特に本題に入ってからはあっという間。
やや尻すぼみ感はあるも、舞台で再現したら面白そうだな、なんて思った。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


幹柾が倒れ、バイオテロが疑われた際に、新型肺炎だのコロナウイルスだのの記載があるので、2020年になってから読んだ人には、別の衝撃があったのかと。
もっとも、"孤独な肺炎"については、完全にブラフだったわけだけれど、この仮説を立てて推理をしては、次に起こる出来事によって頓挫する、を繰り返す展開が、頁をめくるスピードを速めたはず。
とにかくブラフが多いので、情報が次から次へと書き換えられていくのだが、それで視界が広くなったり狭くなったりする興奮に、眠る時間がなくなってしまった。

だからこそ、テロリストは11人の中にいて欲しかったな、というのが率直な感想。
この手の設定では必ず起こる、グループ間や個人間での対立が、中年女の脱税がバレるくだりを除けば、ほとんど起こらない。
いかにも怪しい人物に責任を押し付ける強硬派がいてもおかしくないのに、みんな大人な対応をしていて、突飛な意見が飛び出ても、ちゃんと聞く耳を持っている。
終盤の賭けのシーンでは、奇妙な仲間意識が芽生えているのもわかる。
緊迫感があるはずの状況下で、なんとなくフレンドリーな空気で読ませるのは、"こいつが騙していたのか!"という衝撃を作るための大きな伏線だと思っていただけに、ラストは肩透かしな感じはあったかな。

いずれにしても、説明不足は本当に惜しい。
スコット氏でオチをつけるにしても、二重国籍については何か伏線が欲しかったし、指名手配犯がテロリストになるのであれば、"スリーパー"という情報はミスリード。
頑なに口を閉ざしていたのに、小学校のときの旧友が話しかけたらあっさり認めるというのも違和感があるし、十時を利用しようとしたタイミングについても、なんだか曖昧。
後出し情報とご都合主義でポンポン解決してしまった感があり、じっくり理論立てて推理していた仮説を凌駕する納得を得られなかった。

他にも、キャスリン自身にも探知機能があるにも関わらず、火薬探知犬をわざわざ迷い犬扱いで配置していたのも説明はなく、キャスリンに触れた能力持ちの少年が「だいじょうぶ?こわい?」と発言した理由も、結局よくわからなかったな。
テロリストが仲間へサインを送った、テロリストが空港から離れたら計画が発動する、という情報は、最後の芝居のためにキャスリンが意図的についた嘘という解釈でいいのかしら。
スコット氏は空港にいたのに、日付が変わったら発動してしまったのだけれど。
そもそも、暴力テロではなく電波ジャックによるプロモーションだった、ということであれば、空港内で爆発を起こしたのはどういう意図でだろう。

備忘的に、気になったことを書き連ねてしまったが、これらを未回収の伏線ととるか、想像を膨らませる余地ととるか。
ミステリーとしての納得感よりも、同じ場所、同じメンバーでのやりとりが、ひとつの仮説や情報によって急展開していくジェットコースター的な流れが本作の醍醐味だと思うので、サスペンス+コメディのエンターテインメント作品として捉えるべきだろう。
その割り切りさえできれば、やはり良作。
繰り返しになるけれど、これ、本当に舞台化したら面白いと思う。

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