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雨の日のランドセル

最近雨が良く降る。6月だからそろそろ梅雨入りだと気づく。昔の「雨がしとしと降る」という物語が今は通用しないかのように突然豪雨になることも多い。昨日の雨がそうだった。そういう日はスマホに暴雨の注意報や警報が通知される。私たちは雨に土日の予定を狂わされるが平日の雨もまた子供たちには大敵だ。
雨の日の午後にマンションのエレベーターで出くわす小学生がパンパンのランドセルとびしょ濡れの畳まれた傘を持っている。私の持ち物より大きく重そうだ。雨の日の悪天候の中重たいランドセルを背中に背負って小さな体で歩いて帰ってくる姿が浮かぶ。その光景が最近何度も続いた。

そもそも学校に行く都度当日のすべての時間割りの教科書とドリルとノートを持ち運びする必要があるのだろうか。子供が卒業し孫が小学校に通う今もこの謎は変わらない。時代は進み通信機器も大きな進化を遂げている。今や小学生もひとり1台のタブレットが貸与されている。なら自宅で必要なのは宿題の教科のみである。他の教科が必要な時用にはタブレットで教科書が見られるようにすればいい。
確かに紙のテキストは必要だし答えやその過程を紙と鉛筆にという思いは私も持っている。何もかもがタブレットで紙と鉛筆を使わないでは知育と共に情緒教育にも欠けるだろう。だからと言って毎日無駄に使わない教科書を都度運ぶ必要はない。いっそ学校にすべての教科書を置き必要教科だけその日に家に運んではどうだろう。平日のランドセルはもっと軽く薄くなる。雨の日に傘を差しながらでも楽に歩ける。

中学生は尚更だ。6時限、7時限の授業後に部活をして家に帰るとご飯を食べて塾に行く子も居る。お風呂に入って寝ると朝、教科書を入れ替えるだけの日もあるだろう。わざわざ平日のランドセルを重くする必要を感じない。高校生になると電車やバスでの通学者も多く自宅で過ごす時間は更に少ないだろう。家で勉強するにしても量はかなり減るだろう。
防犯上も大きな意味を持つ。事件や事故に遭うような場面で逃げたい時に重いランドセルだと足を引っ張られる。例えば相手のいる事件ならランドセルを捨てて逃げると足が着く。重くても背負って逃げるしかない。
平日は宿題教科だけの持ち帰り、金曜下校時は課題に応じて少し多めになるがそれでも背負う負担は数分の一に減る。教育現場で働いている方々が率先して子供たちの負担を減らす運動をしてほしい。

昔は学校に教科書を置いて帰ることを「置き勉」と呼び、生徒は先生方に怠け者の烙印を押されていた。昔は家で教科書を見る機会も有っただろうし家に置く必要も有ったのだろう。でも今はデジタル教科書がタブレットに入る時代になっている。なのに今も重いランドセルを子供たちは背負って通学している。これから梅雨時期に入り夕立の季節になり、夏が過ぎると台風の季節がやってくる。せっかくのタブレット貸与を効率よく生かす為、子供の無駄な負担を減らす為、防犯の意味も含めて私は「置き勉運動推進化」を現場の人たちにお願いしたい。
時代と共に子供たちの為の学校の常識も変わっていきますように。

PS
出逢う子供たちは当然のように大きなランドセルを背負って、それでも笑顔で挨拶をしてくれます。私の周りの子供たちはいつも元気いっぱい。けっして嫌がってはいないことを補足しておきます。でも無駄な負担は軽くしてあげたいです。

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改めて追記 6月7日
「小学校側が積極的にリュックOKの発信を」指定品ではないランドセルを高額で準備せざるをえない理不尽(プレジデントオンライン) - Yahoo!ニュース 6/3(土) 11:17配信 PRESIDENT Online

小学校に上がる1年前に始まるランドセル購入が常識になりつつあり、とうとう「ラン活」という言葉までマスコミは生み出してしまった。私もランドセルは不要だという考えを指示する。小さい子には長持ちしそうな1万円程度のしっかり作られたリュックがいい。置き勉(教科書)で中身を軽くすれば更に良い。家庭学習の時間がどれくらいあるか再検討が必要、今までの習慣に囚われずランドセルは無駄遣いだという新しい常識が浸透していけばと願う。

文中の修正箇所、修正済み
置き弁(お弁当) → 置き勉(教科書)

参考資料
昭和26年(1951年)以降の梅雨入りと梅雨明け(確定値):関東甲信
気象庁 | 過去の梅雨入りと梅雨明け(関東甲信) (jma.go.jp)

お借りしたトップの絵 : Photo bynoouchi

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