カノジョに浮気されて『八犬伝』かおとぎ話かわからない世界に飛ばされ、一方カノジョは『西遊記』の世界に飛ばされました⑮

(俺は一体ーー)
佑月は思った。(ここで何をしているんだ?)
「ヒーッ!」
と言って、黒いタイツに身を包んだ男達が、佑月に襲いかかってきた。
「ヒーヒーうるせえんだよ!」
と、佑月はパンチとキックでなぎ倒していく。
朝目が覚めたら、また知らない部屋にいた。
外に出てみると、古本屋の奥さんが殺された時代よりは大分後の時代で、現代の雰囲気が濃厚にする。
(だけど看板がなんだか野暮ったいな、なんだろう?昭和か?)
そんなことを思いながら、佑月は街を歩いた。
(今さらだが、おとぎ話じゃないのか?だとしたら一体これはなんだ?)
と佑月が考えていたところ、街でこの謎の軍団が暴れていた。
佑月は腰に手をやったが、村雨がない。
(現代じゃ、刀を持ってなくて当然か)
と思い、逃げようとしたが、この軍団に囲まれやむなく戦ったところ、なんとか戦えたので、こうして謎の軍団と戦っている。
(しかもーー)
佑月は隣の建物の窓ガラスを覗き込んだ、というより、窓ガラスに写った自分を見た。
(なんだよこのカマキリみたいな顔は!これじゃ昔俺が見ていた特撮番組みたいじゃねえか!)

一方、海松は西域への旅を続けていた。
(うーん、やっぱりここは快適!)
と海松は上機嫌である。
(時々妖怪に拐われたりするけど、お猿さんが助けてくれるし、八戒も沙悟浄もお師匠様って慕ってくれるし、それにーーなんといってもお猿さんは頼りになるし!)
海松はすっかり悟空に傾倒してしまっていた。
(ここにはあたしを傷つけるものはない、佑月もいないしーー)
と思って、海松は遠い目をした。
(佑月が、お猿さんくらい頼りになれば、こんなことにはならなかったのかな。でも佑月は人間だ。お猿さんと同じことを期待しちゃいけないーーそれにしても、シルクロードに来たって感じだな)
海松は辺りを見回した。
辺りは広漠たる砂漠である。
(本当はもっと暑いんだろうけど、そんなに暑さを感じないのは結局現実じゃないからかな?『西遊記』だとひたすら西に向かっている感じだけど、本当はインドは南西にあるんだよね。このまま西にいけば、イランに行ってイラク、トルコと行って、イスタンブールで海を渡ればヨーロッパに行く。日本にいると想像もつかない世界だ。最近はともかく、ほんのちょっと前までは、日本人はこの広い世界に果てしないロマンを感じていた)
空は抜けるように青く、雲ひとつない。
(佑月……今頃どうしてるだろう)
佑月が変身ヒーローになって、奇妙な集団と戦っているとは、さすがに想像もできない。
(でも今のあたしでは、佑月に会えない。あたしが今の佑月をもっと受け入れることができたならーー)
「お師匠様、河が見えてきましたよ」ハ戒が言った。
海松が前を見ると、なるほど河がある。
よくよく見ると、実によく水の透き通った河である。
(きれいな河、水が冷たくておいしそうーー)
「ハ戒、水を汲んできてくれる?」
「はい少々お待ちください」
ハ戒が走っていって、水を汲んで戻ってきた。
海松はお椀に入った水を見た。
見ていて吸い込まれそうになるほど透き通っていて、冷たそうである。
「お師匠様、生水は気をつけた方がーー」
と悟空が言うのも構わず、海松はお椀に口をつけ、一気に水を飲み干した。
(あーおいし)
海松はふうっと息をついた。
ハ戒は甕ごと口をつけて持ち上げ、甕の水を飲み干していた。
「あらごめんなさい、あなた達の分の水がなくなっちゃった」海松は悟空と沙悟浄に向かって言った。
「いえ、俺達は別にいいです」悟空は言ったが、
「そういう訳にはいかないよ、ごめんハ戒、もう一回水を汲んできて」
ハ戒は河に走っていったが、途中でうずくまってしまった。
「ハ戒ったら、水を飲み過ぎてお腹が痛くなったのかな?」
海松は言ったが、そう言った海松もお腹が痛くなってきた。
「え?あれ?」
海松はお腹を押さえて動けなくなった。
「お師匠様、どうしました?」
悟空が駆けよってきた。
海松の額から、汗が止まらない。
「あそこにお店があります。そこで休みましょう」
店には老婆が一人いた。
「婆さん、お師匠様とそこの豚顔の男が腹痛を起こしたんだ。医者を呼んでくれないか?」
と悟空が言うと、
「あれまあ、これはおめでたですね」と老婆は言った。
「ふざけるんじゃねーよ、おめでたなんて、俺もお師匠様も男だよ」
とハ戒は言って、海松に頭をひっぱたかれた。
「お前さん方、あの河の水を飲みなすったね?」と老婆は言った。
「お師匠様とこのハ戒という豚男が飲んだよ。俺と沙悟浄は飲まなかったけど」悟空が言った。
「ここは西梁女人国といって、男は一人もいない、女だけの国です」
「女だけの国?男がいないんじゃ子供が生まれないじゃないか」と悟空。
「そこであの河の水なんですよ。あの河は子母河といいまして、あの河の水を飲むと赤ちゃんを生むのです。この国の女はそうやって子供を生むのですよ」
「え?妊娠?」
と驚いて海松は言った。
(そういえばお腹が大きくなっている……)
「おい婆さん、堕胎薬はないのか?」とハ戒。
「堕胎薬はあるにはありますね。子供を堕ろしたい時は、解陽山破児洞にいる如意神仙という道士にお願いするのです」と老婆が言った。
「げっ!如意神仙?」と悟空が叫んだ。
「知ってるのか?兄者」と沙悟浄。
「如意神仙は、牛魔王の弟だ」と悟空。
「げっ?また牛魔王の一族?」とハ戒。
「如意神仙の破児洞には落胎泉という泉があって、子供を堕ろしたい時は、如意神仙にその泉の水を分けてもらって堕ろすんです」老婆が言った。
悟空はしばらく頭を抱えていたが、
「ーーよし!俺が如意神仙に頼んで水をもらってくる」
悟空は雲に乗って、解陽山破児洞に向かった。洞の前に着いて、
「こちらに如意神仙様はいらっしゃいますか」
と悟空は言った。
しばらくすると洞の扉が開いて、
「誰じゃ」
と言って、一人の道士が現れた。
「如意神仙様でいらっしゃいますか」
「いかにも、儂が如意神仙じゃ」
「私は西域に取経の旅をする三蔵法師の弟子、孫悟空と申します」
「なに?するとお前が紅孩児を連れ去った孫悟空か?」
(あちゃー、やっぱりいつもの展開か)
と悟空は思ったが、
「待ってください、紅孩児は善財童子として、観音菩薩のところで仏道修業をしているんです。立派なことですよ」
と悟空は一応弁護した。
「貴様らのことは聞いているぞ、牛魔王の兄貴もひどい目に遭わせたらしいな。その貴様らが儂に何の用じゃ」
「はい、師匠の三蔵法師と弟弟子のハ戒が子母河の水を飲んで懐妊してしまいましたので、こちらの堕胎泉の水を分けて頂きたいと思って伺いました」
「なに?子母河の水を飲んだと?わっはっは!これは傑作だ、男が懐妊するとは。貴様に水はやらぬ。このままガキでもこさえればいい」
これには悟空も頭にきて、如意棒で如意神仙に打ちかかった。
如意真仙も如意鉤を持って応戦する。
悟空は何十回か打ち合ったが勝負がつかず、筋斗雲に乗って逃げることにした。
「待て、逃げるか」
と如意神仙は言ったが、悟空は取り合わない。
海松のところに戻り、不首尾に終わったと報告すると、
「あ……、うん、ご苦労様」
と、海松はぼんやりして言った。
この様子に悟空は眉をしかめ、しばらく考えた。そして海松に顔を近づけ、
「お師匠様、ひょっとして子供を生みたいんですか?」
と小声で聞いた。
「え?ーーううん、そんなことないよ」
と海松は慌てて言った。
「それならいいんですがーー」
と悟空は言葉を濁したが、そのまま引き下がった。

(ーーもう何回目だ)
と佑月か。何回目かの水戸黄門をやりながら思った。
「それではご隠居様」
と、例によって助さんが葵の紋所の印籠を出して皆がひれ伏したところで、助さんに促された。
「これにて一件落着、じゃねーよ!」
と思わず佑月は怒鳴ってしまった。
「は……?」
とこれには助さんも言葉もない。
周囲は恐れ入って、ますます低く頭を下げるのみである。
「なんなんだよ!毎回密室殺人事件を解いたり怪人を退治したり!密室殺人なんて毎回解ける訳ねえじゃねえか!」
「あの。ご隠居様、一体何の話をーー」
と格さんが言ったが、
「リアリティがないって言ってんだよ!大体なんで毎回一話完結なんだよ!もっと長い話があっていいじゃねえか!」
と佑月が言うと、辺りの景色が歪んできた。
(ーーそうか!俺はもっと長い物語の主人公になりたかったんだ!)
景色が歪み、助さんも格さんも消えて、暗闇になったかと思うと、急に明るい光が差し込み、佑月はある一室にいるのに気づいた。
(なんだ?ずいぶん機械的な部屋だな)
部屋が揺れた。
(ーー船か何かか?)
窓があるので、外を見てみる。
暗い
(夜か?ーーえ?違う!あれは地球だ!ってことはここは宇宙か?)
その時、艦内でアナウンスがした。
「これより作戦会議を行う。戦闘員はコックピットに集合するように」
佑月がそっとドアを開けると、廊下を駆けていく男達がいる。
「ーーティム、何してる。遅れるぞ!」
と、男の一人が佑月に声をかけた。
(ーー俺は今ティムって奴なのか)
佑月は、人の流れについていった。
コックピットに着くと、指揮官らしき若い男が話し始めた。
「ーー地球連邦を裏切った憎きメノン軍は、図に乗って宇宙植民地の独立などと抜かしている。このメノン軍のために、我々は半年間苦戦を強いられてきた。今こそメノン軍に一大鉄槌をくわえる時である!」
(ーーえ?今度は植民地の再征服?)

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