「無駄花」の感想をちょっとだけ

 書店でちょっと手にとって中身を覗いてみた感じでは、死刑囚の手記?っていう設定で物語が進んでいくような感じだったので、その構成がなかなか面白そうだったので購入してみました。早速、読み始めたら止まらなくなるくらい面白くって、その、なんというか…よかったです。

 死刑囚が自らの半生を少年期から振り返っていくんですが、大きく2つのパートに分かれていて、前半が不良少年時代を描いたパートで、後半が社会人になってサラリーマン人生を歩んでいく姿を描いたパートになります。
 まぁ前半も後半も、とりたてて特徴のない平凡な話なんですが、なんというかこう、文体が非常にしっかりしているというか、細かな心理描写が秀逸で、その文章の力でぐいぐいと読まされていってしまうんですね。しらずしらず読んでいるこちらが感情移入していってしまって、主人公の行動に追随していかされるというか、非常に読み応えのある文章でした。

 で、ここからが問題なのですが、主人公は死刑囚なわけですが、そんなことになった原因の事件に関する記述が、一切出てこないんですよね。おそらく、サラリーマン編の後に続けて書かれるはずだったんでしょうが、そこまで書かれる前に死刑が執行されてしまって、手記が途絶しているという体になってしまっているのです。うーむ、なんかこちらはかなり前のめりになって読み込んでいるのに、いきなり途中でハシゴを外されてしまったような、そんな気分に陥ってしまいましたね、これには。

 どうしてこんな構成にしたんだろうか。

 もちろん、サラリーマン編でぷっつりと小説自体が終わっているわけではなく、その後に手記を出版した編集者が、主人公が起こした事件についてのあらましや、主人公の人柄についてさらっと述べていくというスタイルで続いていきます。こういう、肝心な部分をはぐらかして読者の想像力をかきたてていくっていうやり方もあるのかなと思ったりもするのですが、僕は主人公の内面のドロドロした情念的な部分を、もっともっと読みたかったなというのが正直な感想です。
 小説のラストで、絞首台に向かう主人公の言葉を口述筆記して載せてあるのですが、こういう部分のリアルさを引き立てる為にも、主人公の手記は最後まで完結させて欲しかったなって思ってしまいます。

 とはいえ、なんか得体のしれないパワーを感じてしまうこの作品、小説現代長編新人賞の奨励賞を受賞しているらしいんですが、この小説が著者が初めて書いた作品らしいです。初めてでいきなり長編を書き始めて、一ヶ月ほどで仕上げたらしいんですが、このクオリティは素晴らしいというか末恐ろしいですね。本当に才能のある人って、そんな感じなんだろうな。今後もこの方の作品は追っていきたいです。(ちなみに、本賞を取っているくらげがなんとかっていう話は冒頭だけ読んでみたんですが、なんかラノベっぽくて目が滑って全く頭に入ってこなかったな。この賞の趣旨がよくわからん。なんでもありのバーリトゥードなのか?)

 まぁ、なんかドロドロとした他人の情念ノートを覗いてみたいという人には、この小説非常におすすめです。ちょっと物足りないかもしれないけど、物足りなさを余韻として楽しんでいくのが正しいのかも。

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