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「きみにかわれるまえに」きみたちをあいするにんげんたちへ

私はカレー沢薫先生の作品をデビュー作「クレムリン」から知っていて、本人のTwitterアカウントもよく見させて頂いているタイプの人間だ。
しかし全巻即ご購入の忠実なる信徒というわけではない。人の心の闇をリアリティに富んだ描き口で切り出す漫画での作風はどちらかというと苦手で、気安くも鋭く暖かい語り口調であるエッセイの方が好きだった。買っているのも圧倒的に後者だ。
この「きみにかわれるまえに」はエッセイ風のテイストながら漫画であるため、正直、最初は敬遠していた。自分が近年、猫を飼い出してペットというジャンルが身近なものになったから買ったという部分が大きい。
そして、おそるおそる読み始めると、なんと二話目くらいでスルリと泣いてしまった。
死を扱った、いわゆるお涙頂戴モノを冷めた目でスルーし、よしんば見る機会があっても『無』の表情で過ごしていた人間の涙腺とは思えないくらいのチョロさである。
その後もコンスタントに涙は落ち続け、最終話を読み切った後には飼い猫こと我が愛ノアをムダに撫で回してウザがられた。
上手く説明できる気はしないが、どういう良さがあるかだけでも自力で書き記しておきたくなった。

内容は全編を通して「ペットとの楽しい暮らし」ではなくその先に必ずある「愛するものとの死別」を描いている。避けられないその瞬間と向き合う人間の葛藤と結末を一話ずつ見ていく形だ。
カメラを向けられる主人公は毎回変わり、男女問わず学生から老人まで幅広い。
ペットに救われた人、ペットで益を得ようとする人、ペットとの別れを受け止められずにいる人。ペットと飼い主が良好な関係を築けていても、周りとの人間関係が上手くいっていない人。
絵柄がシンプルで省エネされている分、リアリティに富んだセリフ回しがストレートに伝わってくる。
物語は優しいばかりではなく、ときおり巷で聞く「そんなに猫(犬)が好きなら飼えばいいのに」「一匹だけ飼うなんてかわいそう」「ペットショップで買うなんてモノ扱いしてる」などといった『飼っていない側の人間の意見』がどれだけ的外れであるかも伝えている。
私も猫を飼う前は「ウチの子のエサと散歩があるから」とさっさと帰る飼い主の言をあまり重要視していなかった。
ペットの死を嘆き悲しみ、仕事が手につかないからと有給を使う例を聞いて「大げさだな」とすら思っていた。
それが今は、自分が家を空けている間ペットがどうしているか気にかかる。なんらかの要因でご飯を食べあぐねていたら、仮に出先でも全力を尽くして帰りたくなる。
そういった心境の変化を、たとえいま動物を飼っていなくてもある程度味わえるのだ。

「でもいいじゃないか。あんたの世話をしたこともない、あんたのウンコの始末をしたこともない人間が大勢悲しんでくれるんだから」
これは私が作中で一番印象的だったセリフである。
飼い犬の撮影を行い、SNS上でアイドル的立場を築いて広告収入を得ていた老婆がその死を掲載した時のものだ。
見たとき、私はハッとした。
飼い主は撮影していない間も毎日食事を用意してトイレ掃除を行い(犬なら散歩もさせて)、病気になれば病院通いをさせる。
体裁を整え、煌びやかないいとこ取りを演出したくなるSNSを覗くだけでは絶対に見えない「現実にいる動物の重み」をさらりと言ってのけている。そう感じた。
この意識がもっと広まれば、かつての私のような愚鈍な発想をする輩も減るのではないかと思った。

ペットと毎日を過ごしている人も、ペットを飼っていない人も、事情があり飼えない人も、一度は読んで欲しい作品である。

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