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最近の学び(雑記)「節操と一貫性」2023-10-26

このごろ(少し前から)世間をざわつかせている、中古車販売店と保険屋さんの癒着・・・の騒動そのものとは関係なく(←関係ないのかーい!)
最近ときどき思い出すのは「ゴッホのひまわり」のこと。
あれ、SOMPO美術館が所蔵してるんですよね。

1987年に、損保ジャパンの前身 安田火災海上が58億円で落札して、当時の絵画の落札価格としては史上最高額。この時代の日本は、金に物をいわせてアートや海外の物件を買い漁っている、と世界中から批判されていたのはご存知の方も多いことと思います。

そのころ自分は学生で、「ひまわり」の事もニュースで見聞きしてはいました。当時の日本人って「エコノミック・アニマル」(経済的利潤ばかりを追求する動物。各国の文化や歴史を尊重しない。)と揶揄されていた事も知ってます。ただ、そこまで「自分なりの実感」はなかったんですが・・・


数十年を経て、フィレンツェで「あぁ、それは下品な事だったのだな」と、自分の中で腹落ちする出来事がありました。

先月、ミラノから足を伸ばし、電車でフィレンツェに出かけました。

特急で2時間ほどで、東京ー名古屋のような距離感です。
見たかったのはウフィツィ美術館。

有名なボッティチェッリの「春」「ヴィーナスの誕生」
レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」など、
有名作品が目白押しのウフィツィ美術館。
とはいえ、
作品目当てで、美術館の成立背景などは知らずに行ったのですが・・・

ものすごかったです! (←語彙力)

見学経路は「建物の最上階に誘導されて、上から下に下りてくる」方式です
一番最初は廊下に入るのですが、大きな窓のある廊下にローマの彫刻が所狭し、と無造作に置かれています。上の方に絵画もバンバン掛かっていて。
「え?こんなに雑に置いてて大丈夫?」という感じです。

画像:Wikipediaより
自分で撮ったやつ。彫刻と無造作に掛かった絵画と天井画。
廊下の情報量が異常に多いです。

構造は「学校の廊下と教室」のようになっていて、
廊下から各展示室(≒教室)に入って絵画を見ます。
「条件を守れば写真もOK」(下記)とのことで・・・

見たかったあれも

ボッティチェッリ「春」

これも

ボッティチェッリ「ヴィーナスの誕生」

初めて見たけど、なんだか大好きになった作品とか

ピエロ・ディ・コジモ「アンドロメダを救うペルセウス」

色々見れて「ふぁー!来て良かった!堪能堪能!」です。
が、これだけ見たら鈍感な私でも気が付きます。
ウフィツィってほぼ100%
「ルネサンス以前+ルネサンス絵画」で構成されてるんですね!

見学後 インスタに上げた画像

その後、遅まきながらも ウフィツィ美術館の成り立ちを調べたところ

もともとは庁舎にメディチ家の持つ古代彫刻などの美術品を収容、展示していたのが展示のはじまり。
1737年、メディチ家出身の最後のトスカーナ大公であるジャン・ガストーネが後継者を残さず死去し、メディチ家は断絶した。
メディチの血を引く唯一の相続人であったアンナ・マリア・ルイーザは、「メディチ家のコレクションがフィレンツェにとどまり、一般に公開されること」を条件に、すべての美術品をトスカーナ政府に寄贈した。

Wikipedia「ウフィツィ美術館」から抜粋、一部要約

メディチ家が集めていたコレクションを、
フィレンツェから出さず、散逸させることなしに
一般公開することを条件に寄付されたのが、ウフィツィ美術館。
それはもう、古代彫刻にも絵画にも統一感があるわけですよね・・・

元々あった場所で、散逸なく公開されている事にも大きな意義を感じます。
これはまさに、フィレンツェの歴史と文化を象徴する美術館!


翻って・・・
これは悪口になってしまうので、美術館名は伏せさせてください。

日本に戻ってきてしばらく経った時
日本の現代美術で、見たいと思っていた企画展がありまして
とある企業が運営する美術館に足を運びました。

現代美術の企画展は素晴らしく
「見れてよかったなぁ」と思ったのですが

エレベーターホールに、おそらくエジプトの彫刻があったかと思えば
常設展に西洋の近代絵画がありまして
「いや・・・このコレクションは節操がないかも・・・」
と感じてしまいました。

エジプト関連だけ集めてる、とか
アメリカの風景画を中心に集めています!とか
印象派の商品をコレクションしてます ・・・
という内容だったら、ここまで居心地の悪さは感じなかったのかも。。

ふと、
バブル期に「お金さえ出せばいいと思って・・・」と揶揄されたのは、
この感覚だったのかもしれないな、と思いました。


案外、仕事でも同じ事が言えるかもしれなくて

何でもやります!なんでもできます!
と喧伝するのって
「得意な事」が伝わりにくかったり
あるいは節操ないように見られる弊害があるかもです。

しかし、一貫性がありさえすればいいか?というと

古代彫刻やルネッサンス絵画のように
「古くて・一定の価値、評価が定まっているもの」ならば
一貫したコレクションには大きな価値がありますが

仕事で一貫性がありすぎるのは、それはそれでどうかな、と。
最近は知識やスキルが陳腐化するのも早いので、
 「これだけを扱ってます」(=これしかできません)
という状態だと、ちょっと問題がありそうです。

月並みな結論ながら
「生きている人間」のする仕事って
自分の軸をそこそこ自覚しつつも
時代に合わせたスキルを身につけ続けたり
時には積極的に忘れる・学び直すといった事も
求められるよねぇ、と感じる美術鑑賞でした。


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