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おわりに:アートと地域におけるコーディネーターの可能性

本記事は令和4~5年度企画担当者ワークショップ実践研修記録冊子『公立文化施設職員が地域に出てアートコーディネーターになるための2年間 —— 社会包摂についての学びと実践をふりかえる』(堺市文化振興財団・堺アーツカウンシル)に収録された振り返りの対談です。

<語り手>
上田假奈代(堺アーツカウンシル プログラム・ディレクター)
中脇健児(堺アーツカウンシル プログラム・オフィサー)
常盤成紀(公益財団法人堺市文化振興財団 事業係長)

文化芸術とコーディネーターの可能性

【常盤】 2年間本当にありがとうございました。多くの人にとって「文化芸術で社会的課題を解決する」というのは、ある種つかみどころのないテーマです。この研修ではそのテーマを抽象的に受け取るのではなく、相手のために何ができるか、というとても実際的な視線で、アートと地域の結ぶ態度を参加者がインストールしていくことで、改めて「文化芸術の可能性」というべきものを、それぞれが感じ取ってくれたのではないかと思っています。

【中脇】 今回耳原総合病院さんから挙がった、職員間のコミュニケーションという課題に対しては通常、ビジネス領域によくある、組織開発コンサルティングや人材育成研修が解決策として提示されます。ただその場合、ともすれば予定調和な結論に終始することも少なくない。実は結構、当事者の方々にも「何か違うなあ」「他にないのかなあ」と感じている人は多いと思います。なので、今回のアサダさんの取組を、ただ「いやあアーティストはやっぱり奇抜だなあ」という風に感心するだけで終わってしまうのではなく、「よくある研修と何が違うのだろう?」とあえて組織開発や人材育成の観点で見ると、実は新しい可能性が見えてきます。

【上田】 昨今は課題発見・解決という言葉が大流行しており、今や私たちは何かにつけてそうした視線で物事を見てしまう癖がついたように思います。もちろん「解決」は大事ですが、そもそも何をすれば「解決」になるかは、あらかじめ分からないことも多い。ですから、今の自分の常識では呑み込めないことに挑戦する、予期せぬ身体の動かし方をしてみることが大切で、そこから思わぬ何かを発見していくことがあります。知らない世界とつながる、世界と世界をつなげる、そうしたことがコーディネーターの役割とされる場面は多いように思います。

【中脇】 社会包摂や地域連携の事業を手がけるコーディネーターは、経験を重ねるうちにコミュニティ間のバイリンガルになっていくし、実際その能力が非常に求められる仕事です。ただそれをスキルと考えるのではなくて、自分の世界や見識を拡げるきっかけにしてほしいですね。今回の参加者も、「こども食堂とはこんな場所なんだ」「病院はこんなことで悩んでいるのか」と、たくさんの気づきがあったと思います。自分の知らない隣人の世界がいくつもあって、そこには悩みや課題がたくさんあると知ることは、これから先どんなキャリアを歩んだとしても役に立つし、何より人間の幅が広がることだと思います。

【常盤】 「社会包摂」という時、その反対にあるのが「排除」や「分断」です。それは知らない相手のことを知ろうともしない時に起こるものです。知ろうとして関わろうとするには、ちょっとの勇気が必要ですが、お互いがちょっとずつ勇気を出し合えるのが、僕はいい社会なんじゃないかなと思うのです。そしてワークショップはそれを可能にしてくれる、背中を押してくれる仕掛けだと思っています。

【上田】 みずしらずの人と楽しい時間を持てた、めったに会わないような人たちとコミュニケーションが生まれた、知っているつもりだった人の異なる側面を知り、人生の深淵を垣間見た。そういう体験からは、物事を決めつけないことだが大事だと気づかされ、ネガティブケイバビリティ(正解の出ない事態に耐える力)が鍛えられますし、思考力や寛容さを深めることにもなります。世界への想像力を広げていくには、文化芸術の翼をかりるのもいいと思うんです。

社会包摂事業をどう評価するか

【常盤】 他方でこうした事業を評価する手法はなかなか追いついていません。多くの場面で問われるのは「件数」ですが、この手の事業はパターンを量産するようなものではなく、むしろ1件ずつ、どれだけ誠意を持って現場に向き合えたかが大切です。もちろん無限には時間をかけられないし、特定の人だけに恩恵があるのはよくないというのもその通りです。定量評価を軽視するわけでもありません。ですが、この社会包摂事業の本質的部分を評価する指標や仕組みがないまま、ただ件数に縛られているだけでは、現場はどこを向いて仕事をすればよいか分からなくなります。参加者も、この研修での学びを各自の持ち場で活かそうとした時に、最初に直面することでしょう。

【中脇】 僕は端的に、コーディネーターの仕事において、実施に向けた準備や話し合い、ふりかえりをしている時間が評価の対象になっていないことが問題だと考えています。時間をかけて10人のこどものことを真剣に考えたワークショップをするよりも、対象が誰であろうと使いまわしのようなイベントに100人集める方が評価されてしまいかねない。大事なのは「工数への評価」です。文化芸術基本法や各自治体のビジョンで謳われている「連携」や「協働」のため、実際にはどれくらいの手間をかけることが大切なのか。この冊子もその重要性を伝えるためにあると思うんですよね。

【上田】 最近では、文化芸術の現場で起こった「エピソード」を評価の対象にするという動きがあると聞いています。それは例えば、ワークショップ中にこどもが普段見せない様子を見せた、というようなものです。まさにこうしたエピソードは、私たちがふりかえりを通して共有している事柄です。私たちが大切にしている軸が評価される未来に期待しましょう。

【中脇】 文化行政以外でも、行政関係者の方にはこうした文化芸術の取組に関心を持っていただきたいと思います。アーティストは表現を通して、僕たちを縛る慣習や前例を越えたり、ずらしたりしてくれる存在で、アーティストと関わることで、僕たちは日頃の生活や業務に大きなヒントを与えてくれます。ですので、例えば土木、人事、総務、水道といった、自分たちの仕事にアートは関係ないと思う部局の皆さんも、困りごとがあれば、是非アートを頼ってほしいと思います。

市民の皆さんへ

【中脇】 この冊子を読んで、「文化芸術って、そんなこともできるのか!」とわくわくしてもらえたらいいなと思います。もし、文化芸術のことをどこか遠い世界の存在だと思っていた人がいたとして、その人がこの研修のことを知って、自分の生活にも関係があるかも、と思ってもらえたら本当にうれしいです。

【上田】 文化芸術は「遠いもの」「余裕のある人のもの」と思われがちですが、実は皆さんの生活のすぐそばにあるものでもあるのです。例えばワークショップでは、参加することで他者から自分の存在を認められるという体験をすることがあります。自分がこの世に存在することを認められる、その感覚があるとないとでは、生きやすさはずいぶん変わると思います。文化芸術を通じて、その人が存在を表わし、認められた事例が、まさにこの冊子で紹介されている取組です。身近なところで、こうした場面がもっと生まれるように、自分も何かやってみよう、と思われたら、ぜひ堺アーツカウンシルに相談にいらしてください。

【常盤】 僕たちには常に市民還元の責任がありますが、この「還元」の方法は多様だと思います。今回のような事業では、短期的な受益者は少ないかもしれませんが、長い目で見て、市民生活を豊かにする可能性が垣間見えたと信じています。市民一人一人の課題に向き合い、ワークショップを通して解決の糸口をアーティストと市民が一緒になって掴む。そうした現場をコーディネートする人材が増えていくことで、大変なの世の中をみんなでちょっとずつでも面白くしていけるような、そんな社会になればいいなと思います。(了)

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