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心理学のメインタスク (1)定義

自然科学としての心理学は「人間という生物一般に当てはまる法則性を、科学的手法によって明らかにする学問」であると「自然科学としての心理学とは」という記事で説明した。

人間心理の法則性を明らかにしていく上で、科学的手法を使った4つの大事なタスクがある。言い換えると、心理学の研究 (仮説や論文) は下記の4つのいずれかに分類される。

① 概念を定義すること
② 概念と概念の関係性を明らかにすること
③ 予測すること
④ 変化させること

今回の記事では①概念を定義することについて詳しく説明する。

1. 概念を定義するとは

心ってなに?幸せってなに?なんて言うと、「え、突然語る?w」とか「答えなんてないよね〜」なんて言っておしまいになりがちだけど、まずそういった心に関するもやっとした概念を「定義」することから心理学は始まる。

定義するというのは、真実を見つけることではない。例えば「幸せとはなんなのか」の真理真実を見つけ出すことではない。それは多分哲学などの役目である。

心理学での概念の定義は、研究者が研究を積み重ねていくために「この言葉はこれを意味すると一旦決めます、それで話を進めましょう」というコンセンサス(合意)である。この合意を得てその言葉に何が含まれ何が含まれないかを明らかにしておくことによって、あとから「え、ごめんあなた何について話してんの?」と、話が噛み合わなくなる事態を避けたいのである。

2. 定義を「する」「選ぶ」「読む」

心理概念の定義をするという作業は、その現象についての専門の研究者たちがしていて「この心理概念はこういうことである」みたいなことを論文に書く。「幸せとはこういう気持ちのことである」とか「共感力とはこういう能力のことである」とか。
そういった定義は1つとは限らない。別の研究者は、「いやそれでは説明しきれていない、この心理概念はこれこれこういうことなのである」などと違う定義をした論文を出版するかもしれない。また研究が積み重なり新たな側面が見えてきたため定義をアップデートしていくかもしれない。

なのでその心理概念についてさらに研究したい人たちは、まずどんな定義があるのかを調べ、その中から自分の研究にあった定義を選ぶ必要がある。そして「この研究ではこの言葉はこういう意味です、それは誰がいつ作った定義です」と明確に自分の論文の始めの方に書かなければいけないのである。

論文を読んで理解したい人はその論文の序文で、誰のどの定義が使われているのか書かれているところを見つけ出し「そうか、この論文ではこの心理現象はこういう意味なんだな、ほう」と理解しよう。そこに注意しながら読んでいくことによって論文の理解度が全く変わってくるし、他の研究と比較して理解したり議論したりすることが可能になる。

3. 実例から: 定義を「読む」

例えば最近よく聞く「自己肯定感」。言葉を見ると漢字を見てなんとなく分かったような感じがして、「うーん、自分を肯定する力のことかな」なんて思ったりするわけである。あるいは別の人は「自信のことかな」「自分が愛されているという感覚のことかな」とイメージするかもしれない。どれも一緒じゃんという感じだが、実はどれも違う名前がついている違う概念なのだ。

それでは研究者たちが作った自己肯定感の定義の例を参照しよう。

3-1. 実例 (1)

According to self-esteem expert Morris Rosenberg, self-esteem is quite simply one’s attitude toward oneself (1965).
He described it as a “favourable or unfavourable attitude toward the self”.

Rosenberg, M. (1965). Society and the adolescent self-image.

下記に日本語訳を載せるが、私は翻訳者ではないしきれいな日本語で書くことを目的にしておらず、できるだけ直訳に近い形にしている。参考程度にし、できれば英語で理解するか、英語と日本語訳と照らし合わせながら読んでください。

自己肯定感の専門家モリスローゼンベルクによると、自己肯定感とはかなりシンプルに、自分に対する態度(attitude)である。
ローゼンベルクは自己肯定感をこう描写した "自分自身に対する、好意的な(favourable)あるいは否定的な(unfavourable)態度(attitude)"

これはローゼンベルクさんが1965年に出版した"Society and the adolescent self-image"という本に載っている定義というのが英文の最後の行に示されている。かなり古くざくっとしていて指す範囲が広い印象。

3-2. 実例 (2)

Self-esteem refers to a person’s overall sense of his or her value or worth.
It can be considered a sort of measure of how much a person “values, approves of, appreciates, prizes, or likes him or herself”

Adler, N., & Stewart, J. (2004). Self-esteem.
自己肯定感とは、ある人の 自分自身の価値(value)や価値(worth)に関する全体的な感覚である。
自己肯定感は、ある人がどれくらい"自分自身を、価値があると感じ(values)、好ましく感じ(approves of)、感謝し(appreciates)、高く評価し(prizes)、好きでいる(likes)"かの、計り(measure)と考えられる。

こちらはAdlerさんとStewartさんという研究者が、2004に出版したSelf-esteem(自己肯定感)という論文で書いた定義。参考までに論文のURLを置いておくので関心のある方はどうぞ。
http://www.macses.ucsf.edu/research/psychosocial/selfesteem.php

ローゼンベルクさんの定義が「自分自身に対する態度」だったのに対しこちらでは「自分自身の価値に関する感覚」、「好意的/否定的な態度」が「価値、好意、感謝、評価、好きでいるかの計り」と表現されている。
OOな/に関するという部分が詳細になって指す範囲が狭くなっている。

この例に見られるように、定義は積み重ねられた研究に基づいてアップデートされていく。論文を読むときには、上記のように「自己肯定感とは何々です(誰々,いついつ)」と書かれている部分が序文にあるはずなので、その部分を確認するようにしよう。

また、「自己肯定感をあげよう!」みたいな記事がよくネット上で見受けられるが、どういう意味で「自己肯定感」という言葉が使われているか、それは論文に基づいているか(論文の引用があるか)に気をつけよう。
論文の引用があればその記事の「自己肯定感」はきちんとした定義と研究に基づいている指標の一つになる。なければその記事はよくあるただの筆者の見解やどこかから借りてきた情報に過ぎない可能性が強い。
その場合「こうすれば自己肯定感上がるよ」とか「自己肯定感高いとこんないいことあるよ」と言ってても話半分で読んでおいたほうがいいかもしれない。なぜならその記事の筆者は「エビデンスは?論拠は?」という質問に答えることができないだろうし、元になっている論文やデータがそもそもない、あるいは解釈の仕方がわかっていない、つまり間違った情報である可能性もあるからだ。

4. 概念を可視化する

心の動きは目に見えない。医学のように「はい、血糖値上がりましたね〜」と言うように「はい、あなたの幸せ度上がりましたね〜」とはいかないわけである。

これは自然科学的にちょっとまずい、なぜなら自然科学とは「自然科学としての心理学とは」という記事で紹介した通り

1. 自然に属するもろもろの対象を取り扱い、その法則性を明らかにする学問
2. 自然における観測可能な対象やプロセスに関する科学あるいは知識のこと

だからである。そう、自然科学的には、心の動きという研究対象は観測可能でなければいけないのだ。

つまり自然科学として心理学を研究していく以上、「見えない心の動き」を見える化し、観測可能・測定可能・数値化可能にする必要がある。この可視化するプロセスのことをOperationalization(オペラショナリゼーション/操作化?すみません、日本語訳知りません)と呼ぶ。
具体的によく心理学でよく使われるoperationalizationは、テストや尺度(アンケート)である。つまり心理学で研究される概念Aに対して必ず、概念Aを測定するテストAや尺度Aがある。

自己肯定感の例を再度挙げると、有名な測定ツールにRosenberg Self-Esteem Scale (さっきの定義で出てきたローゼンタールさんの自己肯定感尺度)がある。10問からなり「強く当てはまる」から「全く当てはまらない」の4段階で回答する。日本語版もあるので両方載せる。

1. On the whole, I am satisfied with myself.
2. At times I think I am no good at all.
3. I feel that I have a number of good qualities.
4. I am able to do things as well as most other people.
5. I feel I do not have much to be proud of.
6. I certainly feel useless at times.
7. I feel that I'm a person of worth.
8. I wish I could have more respect for myself.
9. All in all, I am inclined to think that I am a failure.
10. I take a positive attitude toward myself.

Rosenberg, M. (1965). Society and the adolescent self-image.
1. 私は自分に満足している
2. 私は自分がだめな人間だと思う
3. 私は自分には見どころがあると思う。
4. 私は,たいていの人がやれる程度には物事ができる。
5. 私には得意に思うことがない。
6. 私は自分が役立たずだと感じる。
7. 私は自分が,少なくとも他人と同じくらいの価値のある人間だと思う。
8. もう少し自分を尊敬できたらと思う。
9. 自分を失敗者だと思いがちである。
10. 私は自分に対して、前向きの態度をとっている。

桜井茂男. (2000). < 原著> ローゼンバーグ自尊感情尺度日本語版の検討. 筑波大学発達臨床心理学研究, (12), 65-71.

Operationalization(操作化)をする上で大切なのは「この測定ツールは、本当にその概念を測定できているのか」という視点、だってその概念を可視化したいわけだから。この自己肯定感のツールでは、「この10問で、ローゼンベルクさんが定義した自己肯定感 "自分自身に対する、好意的なあるいは否定的な態度" を測定できているか」ということである。

その疑問に回答するために、実はすでにたくさんの検討方法がある。「信頼性」とか「妥当性」とか「客観性」などであるが、これについては専門的になってくる上に今回の記事「メインタスク:定義」という趣旨から外れてくるので、ここでは紹介しない。

こういった測定ツールを作り本当に良い品質かを検証するのは、心理学の研究者の役割である。「この概念に対するこういった測定ツール作りましたよ〜、信頼性・妥当性・客観性を検証してなかなか良さそうですよ〜」と論文を出版するわけである。それに対し世界の他の研究者たちが、「本当かよ〜本当に使えんのかよ〜」と色々テストしてみて、「使ってみた結果なかなか悪くなさそうである」とか「いや全然ダメである、こういう問題がある」とか「日本語に訳して使えるか検証してみたである」みたいなことをまた論文で出版する。

さらにその概念について調べていきたい研究者たちは、その概念に対してどのような測定ツールがあるのか調べ、その中から最適なものを選ぶ必要がある。

論文を読んで理解したい人たちにとっては、話はそう複雑ではない。
論文の中にmeasurementという部分があって、そこにどの測定ツールが使われてるか記載されているので、それを読めばいい。

論文の中ではまず
①どの概念(定義)が取り上げられているのか、そして
②どの測定ツールが使われているのかを確認することが大事である。

「日本は自己肯定感が低いようです」などという記事を見たら、「あ〜日本人って自信なさそうだよね〜」とモヤっと自分の解釈で終わらせるのではなく、その研究での自己肯定感とはなんだったのか、どのように測定されたのかを理解するようにしよう。それだけで、モヤっとからもっとレベルの高い議論をすることができるようになる。

また似たような話だが、世界の「幸せ」ランキングなど、信頼できる研究であレバ「幸せ」という概念の後ろに必ず「幸せの定義と測定ツール」が存在する。Yahoo!ニュースで「幸せな国は北欧です、日本はランキング最下位です」なんて取り上げられているのを見て、ただ自分の解釈で「え〜悲し〜、までも日本ツライよね、未来に希望ないし」だけでなく、その研究では何が幸せとして定義されていたのか、どのように測定されたかを理解しよう。そうすれば少なくとも「私はこの幸せって満たされた気持ちのことだと思ってた、でもあなたは社会への安心感のことだと思って記事読んでた」なんていう最も初歩的な話のすれ違いは起こらない。
そんなの知ってると思うかもしれないが、これよくヤフーコメントやらツイッターやらで見られる光景なのだ。

定義と測定ツールを確認するというのは、共通言語を定めるということだ。しかも日本だけでなく世界でも通用する共通言語だ。これを理解することで、まず議論の土俵にのろう。

次の記事では、心理学の残るメインタスク、定義された概念たちの関係性を明らかにするということについて書こうと思う。

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